冷戦頭





冷戦の時期には世界が東西両陣営に分かれ、どっちが正当かというまさに二元論の世界であった。全体主義の東側では、社会主義礼賛以外はレジスタンスの地下反体制活動しかなかったが、西側においては言論の自由が保障されていたこともあり、自由主義を志向する体制側の政党と社会主義を志向する反体制側の政党が対立しつつ並立していた。西側支持か東側支持か。この時代においては、あっちでなければこっちというマルかバツかの色分けが横行していた。

東か西かどちらにつくかの二者択一。要は敵か味方かしかない構造だ。これは極めて単純でわかりやすい。味方以外はみんな敵という一神教的な教義なので、とにかく攻撃的にならざるを得ない。特に西側における反体制側は、現状の体制に反対しさえすればいいので、反対のための反対を主張することをアイデンティティーとすることができた。屁理屈であっても反対することが正義と思われていたので、実に始末に悪い。その癖が今も抜けていないのが、元西側諸国の左翼やリベラルだ。

その後、日本においては高度成長が実現し、昭和40年代になると国民の隅々にまでその恩恵が行き渡るようになった。これと共に搾取や階級対立といった概念が、誰の目からも時代遅れのものと見えるようになった。こうなると左翼政党も革命や体制の変化を求めるのではなく、脅しを掛けて少しでも多くのばらまきに預かろうという実質的な戦術を取るようになった。これが日本における55年体制の完成形である。結果的に与党も野党の政策を取り入れることになるので、どんどん左傾化していった。

その分、暴力による体制崩壊を狙い「真の反体制」を謳い文句にする「新左翼」の過激派が現れ、われわれこそが本当の左翼だとばかりに血気盛んな若者にそれなりに受け入れられたりした。特に頭でっかちなインテリ学生にはウケが良く、当時まだ進学率が1割台だった大学においては、共産党の青年部である「民青」が体制側で、新左翼系の「全学連」が反体制という構図が作られた。これもまた、野党が表裏一体の形で体制の一部となったことの象徴である。

ここでの問題は、野党の体制への取り込みが、表面的な対立構造を「脅し」の手段として温存したまま、机の下で手を握り合うものだった点だ。それまでの「二元論」的発想を残したまま、それを手段とすることで美味しい汁を吸う。これこそが80年代以降の野党のあり方だった。左翼・リベラルがいまだにゼロイチの二元論から抜け出せないでいるのは、この自らの理論的ルーツを総括することなく、バラ撒き誘導集団になってしまったからだ。

さて旧来の冷戦構造が頂点を迎えた70年代に戻ると、その時代の特徴は旗色さえ決めればそのまま思考停止状態に入っても何も問題がなかったところにある。特に野党はメインストリームに対して反対さえしていれば、あたかもそれがアイデンティティーのように捉えられていた。自分でモノを考えるのが苦手な、オツムの弱い左翼の人には絶好の世の中だったに違いない。それで思考力が退化したままシニアになってしまっている人達が、今の左翼・リベラルの支持者だ。

グローバルな競争の中で、自分の意思でモノを決めなくてはいけない環境にさらされてきた市場主義の信奉者とは雲泥の差だ。日本は平和で人に優しいので、こういう時代についてゆけなくなった人にも、21世紀の今日までちゃんと居場所を作ってあげてきたということだろう。しかし彼等のオツムは、いまだに冷戦時代のまま。「二元論」のお花畑である。多元的価値観との共存が求められるグローバル・スタンダードとはかけ離れている。このような人達のことを「冷戦頭」と呼ぼう。

もしかして左翼・リベラル系の人は、いまだにロシアのことを「ソ連」とか呼んでいるんじゃないのだろうか。「起て、飢えたるものよ」で始まる「インターナショナル」もいまだに歌っていてりして。でも「起て、飢えたるものよ」なんて、いまじゃクリスマスイブの時の「非モテ同盟」の歌だよな。80年代の同じような時期に終焉を迎えたということは、ソ連はもはや国鉄や電電公社と同じぐらい歴史上の存在なのだが、国鉄とか国電とか言ってしまう人は確かにいるからな。

筒井康隆氏の「90年安保の全学連」は、学生運動が真っ盛りだった1969年に発表されたものだが、何十年か遅れたものの「左翼が生きた化石化する」という慧眼さは現実のものとなった。元は筒井氏お得意のシュールなギャグ短編ではあるが、あたかも虚構新聞のネタが現実化したようなものだ。もうこれはどこか左翼の保護区を作って、そこをサファリパークみたいに見学して行くようにした方がいいのでは。作るとしたら、間違いなく沖縄だろうな。


(26/05/15)

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