「死の葬りの用意をする」 マタイによる福音書26章1−13節


 イエスがベタニヤで重い皮膚病の人シモンの家におられた時であります。一人の女がいきなり入ってきて、きわめて三百デナリオン、今日の日本の価格にすれば、二百万円ぐらいの高価な香油が入った石膏の壺をもってイエスに近寄り、食事の席におられたイエスの頭に注ぎかけたのです。これを見て弟子達は憤慨した。「なぜ、こんな無駄なことをするのか。高く売って貧しい人々に施すことができたのに」と非難したのです。それはそれまでのイエスさまの言動からすれば、いかにもイエスからほれられるような言葉だったかもしれません。

 しかし、その時イエスは、こういわれた。「なぜ、この人を困らせるのか。わたしに良いことをしてくれたのだ。貧しい人々はいつでもあなたがたと一緒にいる。しかし、わたしはいつも一緒にいるわけではない。この人はわたしの体に香油を注いで、わたしの葬りの用意をしてくれたのだ。はっきりいっておく、世界中のどこででも、この福音が宣べ伝えられる所では、この人のしたことも記念として語り伝えられる」と言われたのです。

 永瀬清子さんの詩に、「悲しめる友へ」という詩があります。それはこういう詩です。
 「悲しめる友よ、女性は男性より先に死んではいけない。男性より一日でも後に残って、挫折する彼を見送り、又それを被わなければならない。男性がひとりあとへ残ったならば、誰が十字架からおろし埋葬するであろうか。聖書に書いてあるとおり女性はその時必要であり、それが女性の大きな仕事だから、あとへ残って悲しむ女性は、女性の本当の仕事をしているのだ。だから女性は男より弱い者であるとか、理性的でないとか、世間を知らないとか、さまざまに考えられているが、女性自身はそれにつり込まれる事はない。これらの事はどこの田舎の老婆も知っている事であり、女子大学で教えないだけなのだ」。

ご承知のように、実際にイエスの死体を十字架から降ろし、埋葬したのは、女性ではなく、アリマタヤのヨセフという金持ちの男性なのです。永瀬清子さんは、勘違いしたのではなく、先ほどの聖書の箇所、イエスの頭に香油を注いだこの女のことを思いながら、イエスを本当の意味で十字架から降ろし、葬ったのは、男性のヨセフではなく、この女なのだと考えて、この詩を書いたのではないかと思います。
 なぜなら、イエスはこの女に対して、「この人はわたしの葬りの用意をしてくれたのだ」と言って、大変喜ばれたからであります。

 つまり、これは女性だ、男性だというのではなく、「挫折する彼を見送り、それを被ってあげる」ということが、人間の本当の仕事なのだ、これが本当の愛なのだということであります。死んでいこうとしてる者のかたわらにいてあげるということ、それはただ単に実際に死んで行こうとしている人の傍らにいてあげるということだけでなく、まさに死にひんしているばかりに魂が弱っている人の傍らに立つということであります、ただ単に肉体が挫折しているというだけでなく、心が、魂が挫折している人の傍らに立って、その挫折を被ってあげるということが、それがどんなに大切なことかということ、それが人間の本当の仕事なのだということであります。

今イエスは、そういう意味ではまさに魂が死に瀕しているときなのです。イエスはこの後、ゲッセマネの園で「自分を十字架で死なせないでください」と、必死に父なる神に祈っているのです。そして十字架で息を引き取るときには、「わが神、我が神、どうしてわたしをお見捨てなったのですか」と絶叫して死んでいったのです。

 イエスは決して英雄のように、あるいは殉教者のように、堂々と死んでいったのではないのです。まさに挫折して弱り果てて死んでいったのです。

 イエスは、そのような死を迎えようとしているときに、ひとりの女が自分の頭に高価な香油を注いでくれた、それがどんなにうれしかったか分からないと思います。

 聖書のこの箇所の説教でわたしが一番心打たれたのは、吉祥寺教会の牧師だった竹森満佐一の説教の一節なのです。ここのとろでこういっているのです。
「主イエスが十字架につけられるということは、誰も考えることができなかった。イエスがそのことを告げたときにも、ペテロはそれに反対して、イエスから叱られた。だれもそれを望まなかった。ところが、この女にはそれがはっきりと分かった。

弟子達に、この期に及んでも、悟れなかったことを、この女ははっきりと見ることができた。人は自分の愛する者のことについては、敏感に感じるものだ。どんなに隠していても、その心を知ることができる。その運命について、何かを感じることもある」といっているのです。

なぜ弟子達は、イエスの死について、この女ほどには敏感に感じ取れなかったのか。弟子達はイエスを愛していなかったわけではないと思います。ある意味では弟子達はこの女以上にイエスを愛していたと思います。

 弟子達も自分達の先生のイエスの死について考えたと思います。しかし彼らはイエスの死について考えたとしても、それは、自分たちの先生がこの世からいなくなる、存在しなくなる、そういう死として考えるよりも、イエスが死ぬのなら、イエスが殉教の死をとげるならば、自分たちも一緒に戦って、死のうと思っていたのではないかと思います。

 つまり、イエスの死をイエスさまがこの世からいなくなってしまって、淋しい、本当に悲しいと受け止めるよりは、イエスの死と共に自分達もまた殉教の死を遂げるんだと、自分達の正義をあらわす時として考えていたのではないかと思うのです。ペテロはそう考えていたようです。自分達の先生がいなくなってしまう、そういう寂しさなどはひとつも考えようとはしなかったのではないかと思います。

それは結局は弟子達は、イエスの死そのもについて考えていなかったということだと思うのです。イエスの死よりも、イエスが死ぬときの自分達の態度のことを考えていた。イエスのこれからの運命について考えるのではなく、自分のことを考えていたということであります。

しかしこの女は違っていた。この女はイエスの死を人づてに聞いたのだと思います。もしかしたら、このかたはこの世からいなくなるかもしれない、それは本当に淋しいことだ、悲しいことだ、イエスさまがいなくなる前になんとかイエスに対する感謝の思いを捧げたいという思いで一杯だったと思うのです。この人は自分の愛する者の運命に敏感に感じ取ったのであります。この人はイエスを愛していたからであります。

 この時イエスが、この女のことで大変深く喜ばれたのは、弟子達は自分の死について鈍感だったけれど、この女は敏感に感じ取ってくれて、高価な香油を惜しげもなく、自分に注いでくれた、イエスはそんなつまらないことで喜ばれたのではないと思います。つまり自分が死んだときに、立派な葬式をしてくれることを期待し、それを望んだ、そんなつまらないことをイエスは喜ぶ筈はないと思うのです。

 この女は別にイエスの葬りの用意をしようとして香油を塗ったのではないのです。これを葬りの用意として解釈し、受け取ったのはイエスなのです。この女はそんなことはひとつも意識していないのです。まして、この女は、永瀬清子さんの詩にあるような「挫折する彼を見送り、それを被って」あげようなどと思ったわけではないのです。

 ただこの女が思ったことは、イエスが死ぬ前になんとか感謝の気持ちをイエスにあらわしたいということだったと思うのです。

 それはなんの感謝か。それはかつて、イエスから罪の赦しを受けた、「お前の罪は赦されている」というイエスの言葉を受けていた。その福音を聞かされていた。自分はこのかたから、罪の赦しを受けた、わたしの罪を赦してくださったかたがここにいる、そのかたが今死んでいこうとしている、この世からいなくなろうとしている、その前になんとかしてその感謝をあらわしたい、そういう思いだったのではないかと思います。そういうイエスに対する愛だった。

この女が罪を犯した女で、その罪をイエスから赦された女であることは、ルカによる福音書が明らかにしております。

 それは単なる人間的な情愛の愛ではない、あるいは深い師弟関係の愛でもない。罪赦された者の感謝の愛であります。それをイエスは大変喜ばれたということであります。

 この女は、罪赦された者としてその感謝を捧げてくれた、それはまさに自分が十字架で殺されるというその死を無意味にさせないで、意義あるものとして示してくれた、これで自分は安心して死ぬことができる、これが自分を本当に葬ってくれたことになると、イエスはそうお思いになって、大変喜ばれたのではないかと思います。

 だからこそ、イエスはそのあと、「この女のしたことは、福音が宣べ伝えられる所では、全世界のどこででも、記念として語られる」と言われたのであります。
 ほかでもない、福音が語られる時なのです、ただイエスの生と死が語られる時ではないのです、イエス様はどういうかただったかと懐かしそうに語られる時ではないのです。福音が語られるときなのです。福音が語られる時に、この女のしたことは記念として語られるというのです。

 福音とは、イエス・キリストの十字架によって罪が赦された、ということであります。それが語られるときに、この女のしたことが記念として思い出されるということであります。
 だから、イエスはこんなにも喜ばれたのであります。これで安心して十字架で死んでいけると思われたからであります。

ここで考えておきたいことは、ここでは「福音が宣べ伝えられる所では」といわれていることなのです。「福音を語るところ」ではないのです。牧師が懸命になってやっきになって、福音を宣べ伝えようなどと必死になっている時ではないのです。そうではなくて、福音が宣べ伝えられる時なのです。

 実際には、牧師が福音を語るのでしょう、福音を宣べ伝えようとするのでしょう。しかし牧師がどんなに口角泡をとばして、福音を宣べ伝えようとしても、実際は空回りしてしまうことが多いのではないでしょうか。ただ牧師だけがあがめられて、ああいいお説教でしたということで終わってします、そんなことでは、福音は語られていないのです。これはわたしが41年間、牧師をしてきての自責の思いなのです。

 「福音は宣べ伝えられる」、福音は、そういう受け身のわざなのです。ここでは牧師が主語ではない、福音が主語になっているのです。もちろん、実際は牧師が福音を語るのです。しかし牧師がどんなに苦心して、一生懸命福音を語ろうとしても、もし牧師自身が福音によって救われ、罪赦された者として、その感謝がにじみ出るような福音の語られかたをしていないならば、それは福音を語ったことにはならないということであります。福音は宣べ伝えるれていないのです。

 福音は語るものではなく、われわれの思い超えて、語られるものなのです。牧師は誠実な努力によって福音を語ろうとする、そしてそうしているうちにひそかに、いい説教をしてやろうというような野心が忍び込むかもしれない、それは人間のわざですから、避けられないことかもしれません、しかしそれでも、そういうあらゆる人間的な思いをこえて、福音が語られていくのではないか。そこに聖霊の働きというものがあるのです。そうでなければそれは説教にはならないのです。

 福音を語ろうとする人に、少しでも感謝の思いが込められていないならば、それは福音は語られないのです。それは神に対する感謝であるとともに、具体的に人に対する感謝でもあります。自分はただ神に感謝はするけれど、人に対してあまり感謝する気持ちなんかなれないというのでは、本当に神に感謝したことにもならないと思います。

 自分自身が救われた、自分自身が罪赦された者して、その感謝が込められて福音を語ろうとするときに、福音というのは、宣べ伝えられてくのではないかと思います。

この女には、その感謝があった。女は別に福音を宣べ伝えようとしたのではないのです。この女の行為によって、福音が語られたのであります。

弟子達はイエスを愛していたのです。ある意味ではこの女以上に弟子達はイエスを愛していたと思います。しかしこの弟子達のイエスに対する愛は、この女とは違って、この時点では、まだ罪赦された者の感謝としての愛ではなかったと思います。この時点では、それはイエスという先生に対する師弟愛を超えたものではなかったと思います。人間的な情愛であったと思います。
 そのような愛は、この時、これから十字架で死のおうとしているイエスを慰め、喜ばす愛にはならなかった。

その愛は、この香油を売って三百デナリオン以上のお金に換えて、貧しい人々に施すという奉仕活動でしかなかったのであります。それはこれから死んでいこうとしている人を本当に慰める愛にはならなかったのです。それは結局は自分の愛を誇示するための行為、あるいは自分の正義を誇示するための愛、それは結局は自分のための行為で終わるのではないかと思います。

こうした愛では、永瀬清子さんがいうように、「挫折する彼を見送り、それを被ってあげる」愛にはなり得ないのです。それは男性に代表される、ただ強い者の愛でしかないのです。それは死んでいこうとしている者を慰めることはできないのです。

 それに対して女性に代表される愛、自分の弱さを知り、自分の罪に嘆き、自分自身が挫折したことのある人の愛、それを永瀬清子さんは、女性という言葉であらわしているだと思うのです、その女性の愛こそ、挫折する彼を見送ることができるのだというのです。

 高慢な愛、自信に満ちた愛、ただ三百デナリオンの香油を売って貧しい人にほどこそうとするような奉仕的な愛では、挫折する人を看取ることはできないのです。
 
以前、新聞に「真の安楽死とは何か」という、安楽死について書いていた看護婦さんの記事を読んだことがあります。患者さんからもう苦しいから、いっそのこと注射を打ってはやく眠らせてくれと、看護婦はよく訴えられるというのです。しかしその時、患者さんは、その訴えをどの看護婦にも訴えるわけではないというのです。
患者さんのほうではちゃんと看護婦を選んでいる。そのように訴えられて、すぐ「それでは医者に伝えておきます」というような看護婦には絶対に訴えないというのです。そのように訴えられて、大変困惑し、「それはできないのよね」といって、患者と共に悩み苦しんでくれる、そういう看護婦さんに訴えるというのです。

 そしてその人は、「真の安楽死とはモルヒネとか、そういう注射を打ってあげることではない。真の安楽死とは、自分を愛してくれていた人、家族とか、献身的に関わってくれた医者とか看護婦が自分の死の傍らにいてくれるということ、それが真の本当の安楽死だ」と書いているのです。
 
 医者も看護婦も、家族も死んでいく人のかたわらにいても、もう何もできないのです。ただ見守るだけなのです。見送るだけしかできないのです。それが彼の挫折をおおってあげるということなのです。しかしそれが死んでいく人に取って本当の慰めになるというのです。

その愛は、死んでいこうとする人に対する感謝がこめられている愛であります。
死んでいこうとする人の傍らにどんなに立っていても、その人に対する感謝が少しでもこめられていないような愛、どんなに今まで迷惑をかけられたかもしれない親とか夫とかであったとしても、いま死んでいこうとしている者に対して、すこしでも感謝が感じられないものであったらならば、どんなに傍にいてくれてもそれは少しも慰めにはならないだろうと思います。

 それは罪赦されたという思いをもった人のもつ愛であります。直接その人から罪赦されたということでなくても、自分自身の弱さを知り、そしてその自分の罪を赦してくださったかたを知っている、その赦しを少しでも味わったことのある人の愛であります。そうでなければ、それは少しも慰めにはならないと思います。

イエスの頭に香油を注いだこの女の愛、それは罪赦された者の感謝の愛であります。それは自分の罪を赦してくださったかたが、ここにおられるということを証する愛であります。それは自分の愛の行為を誇るようなもの、自分を誇示するような愛ではないのです、自分の罪を赦し、自分の全存在を受け入れてくださったかたがこの世にはおられるのだということを証する愛であります。

罪というとピンとこないかもしれません、罪という言葉を使わなくても、自分の良いところも悪いところも、そのすべてを赦し、受け入れてくださったがここにいる。そのかたに対する感謝の愛であります。

女のほうでは、イエスの挫折を支えてあげようとしたり、それを被ってあげようなどとはもちろん思ってもいないのです。ただただイエスによって罪赦されたという感謝をあらわしたかたっただけであります。しかしそれが今十字架で死のおうとしているイエスの挫折を支え、被うことになった、イエスにとっては、それが慰めになったということであります。

高慢な愛ば挫折している人、弱っている人を慰めることはできないのです。

罪赦された者の愛、それはこの世に罪を赦してくださったかたがおられるということを証する愛であります。挫折している人に、自分があなたの挫折を支えてあげるよという愛ではないのです。そうではなくて、自分の挫折を支え、自分の罪を赦してくださったかたがおられて、自分はそのかたによって救われたのだ、自分はそのかたによって自分の挫折が支えられたのだ、そのかたはまたあなたの挫折を支え、被ってくださるのですよ、と証する愛であります。

もちろんそんなことをいちいち口にだしていうわけではありません。しかしこの自分の罪を赦してくださったかたがおられて、そのかたを信じて、自分が生かされた、その自分が受けた愛をもって挫折する人を支え、被ってあげようとしている愛なのです。

 自分の愛、人間の愛などというものはたかがしれたものであります。

 以前にある牧師の説教でこういう話しを聞いたことがあります。その牧師が北欧のどこかの国を旅行しているときに、ある年老いた婦人と一緒のボックスになって、子供の教育の話になった。日本では今子供の教育でいかに受験に備えるかが大変だとその牧師は話した。

するとその老婦人は、自分の国では、親が子供に教える一番大事なことは、人間はたよりにならないことを教えることだといったというのです。北欧の国では、それぞれ子供部屋があって、子供は寝る時には自分の寝室で寝るわけです。親とは別の部屋で寝るわけです。

夜の決められた時間になると、どんなに子供が泣いてわめこうが子供を寝室につれていくというのです。そこは暗い孤独な部屋なのです。そこで子供はその孤独のなかで、親なんかたよりにならない、本当に頼りになるのは、神様なのだということを教える、そのことをそのようにして小さい時から教えること、これが一番の幼児教育ですといったというのです。

 わたしは八年前に三十三になる自分の息子をガンで失いないました。息子を見舞ったときに、わたしは、牧師としてではなく、父親として見舞いました。牧師として病人を見舞うときには、かならず最後には聖書を読み、祈って励まし、慰めを語り、見舞うのです。しかし自分の息子に対しては、なにか照れくさいということもあって、いわゆる宗教教育というのは、自分の子供たちにはしていないのです。日曜日の礼拝に出ていればいいという思いだったのです。

そのために、もしわたしが普段あまりしていないこと、息子に対して聖書を読んでお祈りするようなことをしたら、息子に自分の病気はなにか死に至る病なのでないかと勘ぐられて、彼を苦しめるのではないかと恐れたのです。医者から大丈夫だといわれていたし、治ると信じていたので、あまり深刻なふるまいはさけていたのです。

 しかしさすがに、最後の一週間は、面会時間が切れて分かれなくてはならなくなったときに、彼は親に対してもう少しいてくれ、あと一分でもいいからいてくれとだだをこねるようになったのです。これはもしかすると、という思いがありましたから、別れるときには、聖書を読んで祈るようにしたのです。彼はそれをとても喜んでおりました。それを求めるようにもなっていたのです。

 今息子に死なれてみますと、なぜもっともっと早い段階で、聖書をよみ、祈ることをして、彼に神様のことをもっともっと教えようとしなかったのかと悔やまれてならないのであります。
 
 死んでいこうとする者、たったひとりで死の影の谷を歩んでいこうとする者、その挫折する者を本当に慰め、その挫折を被ってあげる愛、それは単なる人間的な情愛だけではどうにもならないのではないか。われわれの全存在を受け入れ、死んだあともその死を受け止めてくださるかたがおられるという、罪赦された者の示す愛でなければどうにもならないのではないか。

 それはどこの女子大学でも教えてくれないし、どこの田舎の老婆も知らない愛、それは、ただ教会だけが示すことのできる愛なのではないか。