後記

 

 私は『記憶のなかの沼津』の最後の章に、「沼津の作家と前田先生」と置いて、そこで芹沢光治良と我入道を取り上げたが・・・・。

 私の小学生時代たまたま見たーーーーそこにあるのが相応しくない、異様な、胡散臭いーーーーー何処にあったか定かでない宗教的建築と、芹沢光治良・我入道とが、何時のまにか、結びついていたのだろう。
我入道は、私が沼津にいたころ1歩も踏み入れたことがなかった領域。したがって沼津における秘境であた。

 平成9年の老人の日、我入道にある芹沢文学館を訪れた。そして秘境の謎をとくべく、戦後、宗教関わりのありそうな作品を読んで『芹沢光治良の宗教』をまとめた。芹沢は狐狸の類か、それとも尊敬すべき中学の先輩かの思いも秘めて。

 私は、沼津にいるとばかり思って同級生の旧友杉本一平氏が、東京におり、しかも新宿落合にいて、芹沢氏と偶然床屋が同じであったといって、以来芹沢氏のところにしばしば訪れたという。

 芹沢の小説では、芹沢氏は山本三平に厚い信頼を寄せている。
山本三平は杉本一平氏のモデルである以上、杉本一平氏の言により、私の芹沢氏に対しての疑点を確かめ得る期待を持ったことは当然である。しかし杉本氏から『芹沢光治良宗教』に対する礼状は来たが、この点に関しては、無言であった。

 そして早春のある日、このよき友は逝ってしまった。

                             (99、5、12稿)   (99,12ホームページ版)

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