しばらくするとその料理長がやってきた。見るからに気難しそうな表情を浮かべたその男は私がリゾットの事を尋ねると、「出来ません。何時間もかかりますので。」とそっけなく答えた。私は先ほどのボーイとの落差に少し驚きながらも、その場のせっかくのいいムードを壊したくなかったので、「じゃ、このパスタを…。」とすぐに別の物を注文した。
それぞれの料理が運ばれ、美味しくそれを楽しんでいた私達だったが、コーヒーを頼み食事も終わりに近付いた時、クリスチャンの顔色が少し暗いことに気がついた。どうしたのかな?と思っていると、クリスチャンは突然、「この店にぼくはもう二度と来るつもりはないよ。それに、チップも彼等に払うつもりはないね。」と言った。普段おおらかで優しい彼がきっぱりそう言い切った時、私はその気持ちがどこからくるかピーンときた。
その店内では、私と彼以外ほぼ全員が白人だった。そして料理長は明らかに私達を差別した対応をしていたし、席も空いているのになぜか目立たない隅の方に案内された。若いボーイはそれ程差別意識はなかった様子だったが、料理長の態度は明らかに冷たいものだった。コニーとクリスチャン、白人と黒人の二人。コニーが言うにはしばしばそういう偏見によって、クリスチャンが傷付く事が多いという事だった。その日もコニーが「考えすぎよ、クリスチャン。」と優しく言っても、彼はかたくなに、彼等はレイシスト(racest=人種差別者)だと否定した。
ここ数年でロンドンは景気が回復し、ニューリッチと呼ばれるお金持ち層が増え、町並みもきれいに整備された。古くからの伝統は表面的には近代化が進んでいる。でもその一方で、人種差別のような価値観はそれ程変化していないのかもしれなかった。
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