「Le voyageur」
 
 
 
 
2.10.Updated
Kyoko Takiwaki : フォトグラファー
 
  1969年東京生まれ。雑誌を中心に、人物 から風景まで撮影をこなす、フリーラン ス・フォトグラファー。  
 
 
 

 

1999年 9月4日 ロンドンにて

 

 2週間に渡るイングランドでの休日も最後の夜を迎えていた。7年来のドイツ人の友人のコニーとそのボーイフレンドであるナイジェリア人とイギリス人のハーフのクリスチャンは、私を素敵なイタリアンレストランへと招待してくれた。ようやく職に就いたばかりのコニーとジムトレーナーの彼は、そんなに余裕のない生活をしていたけれど私の為に無理をしてくれていた。

 クリーム色のざらついた石壁にオレンジ色の照明がやんわりとはえた店内は心地よく、私はすぐにそこが気に入った。まだ夕食には少し早い時間だったので、1Fのテーブルはどこも空いていたけれど、ボーイは私達を奥のテーブルへと案内した。

 オーダーをとる時、私がメニューに無い魚介類のリゾットがあるかと尋ねると、若くて愛想の良いそのボーイはニッコリ笑みを浮かべながら「料理長に聞いてみます。でも御心配なく。当店はお客さまのあらゆるご注文に答えますので…。」と言った。

 しばらくするとその料理長がやってきた。見るからに気難しそうな表情を浮かべたその男は私がリゾットの事を尋ねると、「出来ません。何時間もかかりますので。」とそっけなく答えた。私は先ほどのボーイとの落差に少し驚きながらも、その場のせっかくのいいムードを壊したくなかったので、「じゃ、このパスタを…。」とすぐに別の物を注文した。

 それぞれの料理が運ばれ、美味しくそれを楽しんでいた私達だったが、コーヒーを頼み食事も終わりに近付いた時、クリスチャンの顔色が少し暗いことに気がついた。どうしたのかな?と思っていると、クリスチャンは突然、「この店にぼくはもう二度と来るつもりはないよ。それに、チップも彼等に払うつもりはないね。」と言った。普段おおらかで優しい彼がきっぱりそう言い切った時、私はその気持ちがどこからくるかピーンときた。

 その店内では、私と彼以外ほぼ全員が白人だった。そして料理長は明らかに私達を差別した対応をしていたし、席も空いているのになぜか目立たない隅の方に案内された。若いボーイはそれ程差別意識はなかった様子だったが、料理長の態度は明らかに冷たいものだった。コニーとクリスチャン、白人と黒人の二人。コニーが言うにはしばしばそういう偏見によって、クリスチャンが傷付く事が多いという事だった。その日もコニーが「考えすぎよ、クリスチャン。」と優しく言っても、彼はかたくなに、彼等はレイシスト(racest=人種差別者)だと否定した。

 ここ数年でロンドンは景気が回復し、ニューリッチと呼ばれるお金持ち層が増え、町並みもきれいに整備された。古くからの伝統は表面的には近代化が進んでいる。でもその一方で、人種差別のような価値観はそれ程変化していないのかもしれなかった。

 私達3人はその店を出てから、週末の人で賑わうソーホーへと向かった。そこはもっとカジュアルなスタイルのカフェが沢山ある場所だった。道には人々があふれ、みんなたったままコーヒーを飲んでいた。私達も温かいカプチーノを立ち飲みしながら楽しく語り合った。コニーとクリスチャンの出会い、そして2人のバイクでのスコットランドへのロマンチックな旅の話。etc…。そこには人種がどうかなどいうことはちっぽけな事にしか思えない、2人の固い結びつきがしっかり感じられた。


  掲載写真の転用等は一切禁止します。

 
 
 
 

copyrights 2000 , Kyoko Takiwaki All Rights Reserved.

 
 
 
 

 
 
< BACK >