デザイナー・建築家




昔、昔、その昔。って、ぼくがティーンエージャーだった中学生から高校生の頃のこと。もろ高度成長期の60年代末から、オイルショック、ドルショックにさしかかる時期。そのころは、クルマのデザイナーか建築家になりたかったのね。「デザイナーの時代」だったし(笑)。特に建物とかクルマのデザインって、街頭で目立つじゃない。で、町じゅう自分の個性が色濃くでた「作品」で埋め尽くせたら、どんなに気持ちいいかと思って。それでデザイナーになりたい、と。実はこのへんの、「街を自分の色で埋められたら」って指向は今も変わらないんだけど。

それで進路を決める時期が来た。どの大学いくか選ばなくちゃいけない。でも、美大って試験にデッサンがあるじゃない。で、ぼくデッサンがダメなの。描きはじめて最初の5分ぐらいは、一応ちゃんとカタチをなぞるんだけど、すぐ根気が尽きる。あとはもう、自分の好きなように書き出しちゃう。そうしてでき上がるものは、「抽象作品(笑)」。これはもう、根源的なモノみたい。人格そのもの。今でもそうだもん。

これで挫折して、美大はあきらめ。でも夢を捨てたわけじゃない。建築科は理系にもあるからというので、工学系に進んだわけだ。そっちの建築科いこうと思って。けっこう数学とか物理とかも得意だったし。だけど、この「建築」ってファザードの絵描いてればいいのと違うのね。入ってから気付いた。こりゃ、大失敗。パース描くのも「図学」だし。なんで自分の思うように描けないんだよう。「ったくぅ、やってらんねーぜ」ってんで、またもや挫折。

とにかく、中から湧き出てくるエネルギーでしか動けないし、表現できないヤツ。ぼくってそうなんだよね。枠はめられるとダメ。でも表現者って、これでこそナチュラルだよね(って言い訳けするヤツ)。だけどこれだけじゃどうにもならないみたいなので、方向転換。表現欲求は音楽にぶつけることにした。それで、学校はヒマそうな文科系の学部にチェンジ。まあ、なかなか思うようにはならん。というわけで、このへんから、人生斜にかまえだしたのでありました(笑)。



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