「夢」を大人買い

-今週のホビー日記・2004年2月-




2月29日(日)

さて、別荘の屋根裏には物置があって、そこには出戻り前のホビーグッズを実家の建て替えとともに押し込んである。本日は天気が悪く、本来の目的だった庭の手入れができないので、物置のグッズの整理をする。まず、古いTMSを整理する。70年代に古本でけっこう買ったので、1953年の54号から、1975年の330号まであった。もちろん全部あるわけじゃないし、買った覚えのある号も、友達に貸したままなのか、櫛の歯が欠けているところも多いが、これはこれでけっこうある。しかし、TMSって変らないのね。こうやってみると。あ、これ禁句か。本棚の「とれいん」と並べると、戦後の鉄道模型史がズラリと一覧できる感じ。同時に、また段ボール箱を一つ開けて、ジャンクっぽいものを漁る。けっこうな量になったので、早めに東京に戻り、例によっていつもの中古屋に委託に行く。これまた駄賃で、DR客車のジャンク(多分80年代)をゲット。なぜ、いつもネタを持っていくとこういうのがあるのか(笑)。状態は悪し。価格は激安。これは再生できるかな?それとも部品取りか。

2月28日(土)

千葉の九十九里浜にある別荘に行く。ここには、Nゲージの常設お座敷(ここ参照)が設置してあるので、これを走らすのも楽しみの一つ。鉄道模型というと、ゲージ論ではないが、いろいろ難しい話に陥りそうなおとし穴も多いのだが、深いことを考えず「走らす」というのもまた楽しみの一つ。いつも言っているけど、「交通博物館のパノラマ」にワクワクしない模型マニアもいないでしょ。ということで、キャプション通り、一杯やってほろ酔い気分で、4列車同時走行を楽しむ。と、思わずもう一本エンドレスを敷けるルートを発見。若干精査が必要だが、多分入る(笑)。新幹線、在来線に続いて、ローカル線も作ってしまおうか。要検討事項にしておこう。

2月27日(金)

レイアウトの色彩論や、車輌や線路に関する数学的分析でおなじみの、はいでさんの個人Web
「おきらく研究室」。付属のBBSで、12mmの車輌の最小通過曲線についてコメントしたことから、にわかに12mmでも「最小通過曲線データベース」を作る話が持ち上がる。曲線については、「大」がIMONシステムの732R、「中」がBEMO-篠原の515R、「小」がBEMO-篠原の380RまたはBEMOの330R、という三段構えを基本とし、適宜各人が所有するその他の半径も参考データとして取ることに。また、スナップレールなのを逆手に取り、Sカーブの通過性についてもテストすること。各社のポイントの通過性もテストすること、などという話になる。12mmの場合、完成中心のメーカーと、キット中心のメーカーがあり、キットの場合は作り方によって、ずいぶん走行性能が違う(完成品がマトモに走らないメーカーもかつてあったようだが)ので、これはどうしたモノか。

2月26日(木)

通勤には新橋駅を利用しているのだが、地下鉄の駅から地下通路で会社まで行ってしまうので、地上の様子は意外に知らない。で、飲み会があって、珍しくSL広場のほうに出ると、な、なんとC11が工事用フェンスで被われている。すわ解体か。でも去年塗り替えたばかりだし、とビックリ。調べてみると、痛みが激しくなったので、修復工事とのこと。最近では、解体されてしまった保存機もあるが、保存蒸気がキレイに修復される話もよく聞くし、場所も移動させ、上屋とかもつけられたという話も聞く。そう考えれば、企業をはじめ各界の幹部層がSLブーム世代になっているワケで、ディアゴスティーニみたいな一般向け鉄道書も出ているようだし、ある種の鉄道ブーム再燃がくるのだろうか。

2月25日(水)

PIKOのDR55型の中古を発見。PIKOの55型は、1950年代から作られている歴史のある製品だが、件のブツは、見たところ1960年代末から70年代はじめの製品のようだ。多少難ありだが、安いし、いわゆる「リアルEPOC III」なのでゲット。ということで、帰ってからリペアにかかる。メカ部分は年代相応だがちゃんとしている。プラ部分は多少クラックがあるものの、割れまではいってない。欠品パーツはバッファ一個と発電機。これなら楽なモノ。プラのクラックは裏から流し込みで補修完了。発電機はどうしようと思って、復活したジャンク箱(2月1日の稿参照)を漁ると、出てきたのがカツミのダイヤモンドシリーズ用とおぼしき、プラのドロダメ。流石に、歴史のあるジャンク箱は強い味方だ。なんたって小学生の頃に壊したヤツとか、40年近く前からの蓄積(笑)。サイズ的に手ごろだし、材質もプラなので、これを削ってそれらしいカタチにする。全体にディティールが少なめなので、これでもいい感じ。バッファーは、こういうこともあろうかと大量に仕入れておいた、ヨーロッパ型車止めパーツから切り出す。多少サイズが違うので、二つとも交換して終了。同時に、41型の修理も行って、あわせて小一時間。お手軽でした。

2月24日(火)

さて、どうしたモノかと思っていた「鉄道DVD」の第二弾の発売日だが、結局ガキの要望で買うハメに。やっぱりヤツの「知っている車輌」というのが、おとし穴だったようだ。しかしEF66は「ブルートレインの牽引機」として認識していたらしく(実際、それでしか見たことはないと思う)、貨物を牽引している姿は新鮮だった模様。その分、コンテナのバリエーションに興味を惹かれていたようで、ちと恐い。でも、よくよく見ると、このヴィデオは元が元だけに、一般向きとは思えない内容まで入ってるけど、いいのかな(笑)。次号は485系だが、またヤツはボンネット型が好きなんだな。赤ん坊のときから「ベロのあるヤツ」とか言って。予告編を見られてしまった分、これも逃げれないだろうなぁ。

2月23日(月)

「とれいん」誌3月号の、年越し運転企画記事に、投稿分が掲載。いろいろ言う向きもあるとはおもうけど、こういう企画は基本的に好きだな。で、今年は年末売りの1月号に一行も告知がなかったので、ワザワザ編集部にmailを出して確認の上、投稿した次第。なんといっても、今年はこれに合わせて、線路の改軌や車輌の加工をやったので、中止とならなくて一安心。木製道床の改軌は、ほんと、急に思いついてやりたくなったワザ。一旦レールを外した上で、元の犬釘穴に低粘度瞬間接着剤を流し込み、再塗装してふたたびスパイキングという手順。道床の木部のネジれとかで、基本的に一番逆カントの出にくい組合せというのが決まってしまうことを逆手に取り、カーブにはスラックをつけることに。直線部は12.1mm、曲線部は12.3mmを基準に、誤差+-0.1mmを基準に敷設。最近はディスカウントストアに行くと、中国製のノギスが1000円台で売っているので、これを利用して2本のノギスを同時に併用。内径側でゲージを、外径側でレールの頭の幅を出しておき、これでレールを挟むことで、正確なゲージが容易に出せる。で、どうしてもコード100の真鍮レールで仕上げたかったんだけど、なんとムクレール自体が篠原に行っても在庫切れという状態。そんなワケで、外したレールのサビをおとして磨いたり、カーブでは、外側レールから切り取った差分を、内側レールに半田付けしたりと、ここはちょっと一苦労。ということで、同じセッションで撮った別のカットを載せます。

2月22日(日)

2月11日の項で触れた、DR荷物車のステップ。休日の昼間の時間がやっと取れたので、塗装して取り付ける。流石に屋内ではスプレーできないので、平日の夜では、いくら時間ができたときでも、塗りばっかりは対処できない。タッチアップみたいのはさておき、スプレーは無理。ここんとこ、天気のいい休日は風が強い日が多かったので、ずっとできないでいた懸案が解決。今日も、午後には風が強くなってきたので、そういう意味ではラッキー。色調をあわせる意味で、残っていた部品のほうも、同様に塗装して取り付けたら、なかなかいい感じ。これにて一件落着。昨日買ってきた「セラ」をセフとつなげて、9600に牽かせてみる。短いけど、やっぱりこれだ。それなりに雰囲気は出ていてニコニコ。

2月21日(土)

ちょっとうれしい臨時収入があったので、前から欲しいけど二の足を踏んでいた「セラ」を買いにワムに行く。SL王国の時代の九州をターゲットにする以上、絶対に必要な形式だが、1台や2台でなんとかなる形式でないのも確か。また、ワムとかトラとかと違って、なんとも特殊な形態と複雑なメカがくっついているので、自作するのもカンタンには問屋がおろさない。その一方で、田川線の九六の重連+後補機の編成に似合うぐらい揃えるには資金が続かない。踏ん切りがつかない分、なんか資金ができたらと思っていたのであった。とはいっても、購入したのは3台。ギリギリ最低の線。鉱山や休業で、積み残し分しか出荷のない日曜日の編成みたい。イメージとしては石炭ではなく石灰石になってからなので、あとはプラセキを道外禁止なしの黄帯に仕上げて、長さをかせごうか。

2月20日(金)

本日は仙台出張。時間の合間を見て、仙台の地下鉄(実はまだ乗ったことがなかった)と、仙台の模型店を見に行く。地下鉄はなんか妙だぞ。1067mmの直流架線式だが、そもそも仙台周辺には、そんなの仙石線しかないし、もちろん乗り入れるわけじゃない。その一方で右側運転台をはじめ、極めて独自の規格で作られている。それなら、大江戸線みたいな小型リニアとか、新交通システムみたいな自動運転とかすれば、コストもかからなかったのに、と思ってしまう。まあ、おおらかな時代につくられたということだろうか。しかし、地元の人は一路線しかないのでわかっているのだろうが、構内の案内が、非常にプアで、はじめての人には、どっちに行ったら券売機があるのか、どっちに行ったら乗れるのか、皆目見当がつかない。これじゃ、エレベータはあっても、バリアフリーではないな。模型店は、模型誌にも広告を出している「つばさ模型」にお邪魔した。行ってびっくり。お店も明るくキレイだし、キットやパーツの充実ぶりも、ハンパじゃない。なんと12mmのキットなんかもある。仙台以北のクラフツマンのニーズを一身に背負っている感じで、なかなか好感が持てた。雑誌の発売日だったということがあるかもしれないが、平日の昼間だったのに、次々とお客さんがやってきて、常に誰かいる状態だったのも、底力を感じさせた。

2月19日(木)

ふと入った模型店で、「とれいん」のバックナンバーを3冊ゲット。これで、350冊中251冊。一気通貫まで99冊、残りは二桁台に突入した。70年代にはリアルタイムで買ってたし、出戻ってからの2000年代は買っているので、80年代と90年代を見つけては埋めていることになる。足を洗っていた時期のギャップも、相当に埋まってきた感じ。流石にこうなると、ちょうど出くわす出物と、持っていない号とが、中々マッチングしなくなる。おまけに、5/7揃っているといっても、どの年もそのぐらいの打率で揃っているワケではない。揃っている年は、既に全部揃っているか、立直、一向聴という感じのが多い。その一方で、ない年は半分も揃ってない。実は、極端に二極分化している。もしかして「とれいん」って、年によって発行部数に相当にムラがあるのか?

2月18日(水)

親子あわせて、バレンタインのチョコがけっこう集まった。で、チョコを食べると出てくるのが、色とりどりの極薄アルミ箔。これもたまると、何かに使いたくなるのが人情。そこでふと思い出したのが、昭和40年代によく見た貨車の積み荷の「プレス鉄屑」。確か、昔アレをアルミ箔で作ったな、と、またもや「昔とった杵柄」化、早速、角材と木片でプレス型を作る。写真の左のヤツ。これを元に、片っ端からプレスして、角に仕上げる。未塗装ながら、貨車に詰んでみると、これがなかなか気分出てる。ひとまず、数をこなしたら、ベースに固定してウェザリングしよう。しかし、又こういうことやると、おせっかいにも「プラレール的」とか言うヒトがいるんだよね(笑)。でもいいじゃん。積み荷とか人形とか、トイ的なギミックって好きなんだもん。

2月17日(火)

親子共々お世話になってる「交通博物館」が、「鉄道博物館(昔の名前で出ています)」になって、さいたま市に移転とのニュース。規模も拡充ということで、いい話ではないか。ところで、交通博物館といえば、この前1月の終わりに行ったときびっくりしたのが、鉄道模型パノラマの解説アナウンスの中でも、縮尺に関する部分。一年前には、「この模型は、縮尺は実物の80分の1、線路の幅は16.5mmの『HOゲージ』です。皆さんもおなじみのNゲージの2倍の大きさがあります」となっていたのが、半年前には、「この模型は、実物の80分の1の縮尺で「いわゆる『HOゲージ』」と呼ばれています」と「いわゆる」が入ったところまでは気付いていた。そこがだ。今回はなんと「この模型は、線路の幅は16.5mm、車体は80分の1で作られており、80輌つなげると実物と同じ長さになります」、と。やったぜ、ついにまやかしの「HO」の呼称が消えた(笑)。もっとも解説には個人差があるので、全てがそうではないかもしれないが、ゲージ呼称は正しいほうがいいに決まっている。これも一連のモメ事の成果なのだろうか(爆)。

2月16日(月)

2月1日からの「ジャンク速攻」の前に、実はほぼ一年前に出品していた委託品が、あっさり抜かれて負けて残ってしまった。まあ、最後の一個がなぜか長期に残ってしまう、ということもけっこう多いので仕方がないが、こうなると不憫でならない。もともと「難有り品」ではなかったので、常識的な相場で値付けしたのだが、残ってしまうものは残ってしまうようだ。そんなにタマがあるわけではないものの、不人気機種はそういうモノか。ということで、2月9日に値下げしたのだが、こんどはアッサリ売れてしまった。相場を割れば、買い手も出てくるということか。まあどちらにしろ、売れてくれればこっちはうれしいのだが。これで、また次の蔵出しができるか。

2月15日(日)

近くの公園に梅見に行っていたら、なぜかガキが丸天行きを主張。「ここ掘れワンワン」ではないが、子供は、こういうときの動物的カンが強いので、電車を乗り継いで銀座へ。さっそく4Fに上がると、なんとなんと、あるではないか。PIKOのDR鋼改客車の出物がてんこ盛り。統一後の90年代物ではあるが、捜していた3軸のヤツもあるし。状態もかなりいい。おまけに買い取りらしく、価格も超手頃。ということで、総なめしてボギー5輌、3軸4輌をゲット。これでいて、新品2台ちょっと程度というのだから大豊作。子供の嗅覚はスゴい。ごほうびに、夕食は彼の主張を入れて寿司屋へ(笑)。

2月14日(土)

なんか文章がタマってくると、画像がないのが寂しいという声もあるので、つけることに。とはいうものの、画像が多い日記も、本末逆転という感じであまり好みではないので、一週当たり一画像程度のペースでつけることにしよう。ということで、8日と11日のコーナーに、それぞれ作ったものの写真をアップロードしました。手元にあったプログラムAFのコンパクトデジカメで撮ったので、被写界深度もあって、全体にピンがきてないけど、極小画面ということでお許しを。それでもカメラ付き携帯の画面よりはいいと思うので。

2月13日(金)

13日の金曜日(笑)。こっちはガキにせがまれたワケではないのだが、昨日の続きでディアゴスティーニの「鉄道データファイル」DVDも購入。創刊特価で900円しない、というのについハマる。DD51の特集。まあ、単品で小プロから出ていた作品のようなので、値段を考えてもそれなりに楽しめる。おまけに、93年度製作と、全く鉄分が薄かった時期の映像なので、けっこう新鮮な刺激があるのもよかった。こういうのは、術中にハマるというか、最初のを買うとつい次のを買ってしまいがちだが、次号からは1790円の通常価格らしいので、さあ、どうしたものか(笑)。

2月12日(木)

ガキにせがまれて、ディアゴスティーニの「鉄道データファイル」を購入。こいつのおかげで出戻ったワケだけど、血は争えないというか、好きだねぇ(笑)。まあ、この百科、一般向けということもあって、中身自体はぼくでも資料に頼らず充分執筆できるレベルではあるけれど、大きな問題や間違いもなく、わりとバランスが取れていて好感が持てる。松謙さんじゃないけど、ぼくも小学校の下級生のときは鉄道雑誌、鉄道模型雑誌を読んで、漢字とか覚えたクチなので、好きこそもののなんとかで、喜んで読んでもらえればいいいのか、と。ところで彼は、どうも「九州新幹線」と「台湾新幹線」の区別が曖昧なようだ。南のほうの島に新幹線ができる。その車輌は700系ベース、というところまでは理解しているようだが、そもそも九州も台湾も知らないからなあ。

2月11日(水)

安く入手した、PIKO製のDR2軸荷物車のジャンクを修復。車体そのものはけっこうキレイだが、車側全幅に渡ってついているステップが、片側のパーツまるまる欠損。これを、プラ板からスクラッチで製作。とはいうものの、元が元だけに必要以上に凝っても仕方ないし、両サイドを同時に眺めることもないので気は楽。小一時間でカタチだけは完成。ジャンク再生、プラ工作は本来の守備範囲ではないのだが、リアルタイム東欧モノ(鉄のカーテンがあった時代の模型)を集めていると、どうしても避けては通れないので、なんともはや。

2月10日(火)

最近の食玩のエスカレートぶりも相当なモノで、ついに「鉄道ファン(R)」シリーズなんてモノまで登場しちゃってるよ。それはさておき、二次流通市場も確立してきた食玩には、けっこう鉄道模型まわりで使えるモノが多い。そもそも乗用車は1/70〜1/90ぐらいの間のものが多く、おまけに昭和30年代や40年代のクルマが中心とあっては利用価値は充分。縮尺の違いも、うまく使えば狭いジオラマで遠近法を強調することにもつながり、これはこれで使い手がある。また、昭和アイテムシリーズみたいなのも、セメント製のゴミ箱とか、電柱と街灯とか、これもアイディアしだいで使える。そもそもこの手のアイテムは、怪獣特撮関係に比べると人気がないのか、100円とか200円とか、相場的に手ごろなのもgood。

2月9日(月)

2月1日に出品したジャンクが、一週間経たずに完売。ぼくの委託品の最速完売記録(とほほ)。恐るべき好事家パワー。けっこう妙なモノが混じっていたことも確かだけど、蛇の道は蛇というか、ジャンクはマニアを惹きつけるのね。おかげで思わぬ実入り。といっても、例によってポイントにしたので、結局は行ってこいで胴元のもとへ戻っちゃうんだけどね。で、これまた駄賃でDRの二軸客車と貨車をGET。

2月8日(日)

午後、ポッコリ時間が空いたので、ここぞとばかり、仕掛り中のワールド工芸製「銚子電鉄のデキとハフ」を仕上げる。未塗装状態ではあるものの、一応組み上がり。しかし、ワールド工芸のキットはこれがはじめてだけど、目から鱗ですな。エッチングの精度にもビックリだが、どこがどうなるのか、コテやヤスリを持っている時間より、考えている時間のほうが長いキットというのもはじめて。おまけに、取りつける順序とか「往年の常識」が通用しない(笑)。慣れれば早いんだろうけどね。オジさんにとっては、折り重ねた木端面に出てくる抜き落としの「バウムクーヘン」が気になって、目立つところは結局半田で埋めて、ヤスリで平らにするという手間もけっこうかかる。でもまあ、値段を考えればよくできてると思う。出来上がって、思わず納得。「やっぱ1067ってナローだ」。

2月7日(土)

東急東横店に出展していた、カツミ模型店の「TOP10」がいよいよ閉店。これで、カツミ系の「百貨店模型売り場」はなくなっちゃったのね。で本日より閉店セール。渋谷はいつでも通っているので、一応覗いてみる。10階のフロアもすでに大方改装されており、残ったスペース(前とちょっと位置関係が違う)でセールを開催。基本的にNと16番なので、直接の興味はないけど、まあ昔と違って「鉄道模型を百貨店で売る」ってのはつらいかな。でも逆に、顧客さえ掴めば(高島屋のメルクリンみたいに)特殊なモノほど「美術品」みたいな扱いで、成り立つのかもしれない。で、某店にて、コレクターのワム製12mmの貨車、大量放出あり。持っていなかったツムをゲット。

2月6日(金)

「2月3日」に書いた展示台で、玉突きになった「丸太小屋」の飾り台を、会社に持ってきて、デスクに飾る。今まで、DDFのNのジオラマが置いてあったのだが、流石に16番はちょっと大きい。とはいうものパーティションの陰なので、人様からは直接見えないからいいか(笑)。ひとまず、出戻り準備期に量販店で見つけ、なぜか買っていたカトーのC56を飾ってみた。やっぱ、16番ってバランス変だけど、ほぼ真横から見ることになるんで、問題はかなり紛れる。Nより大きい分、それなりに心が和む。古本屋にて、持っていない「とれいん」2冊ゲット。出戻り前の「空白域」も、随分うまってきた。

2月5日(木)

開通早々の「みなとみらい線」に乗りに行く。ぼくは「乗り」派ではないのだが、なんといっても東横線は準フランチャイズ。祐天寺、学芸大学も最寄り駅として愛用しているので、ここはこだわりが(笑)。最終週には廃止区間の高島町、桜木町に「乗り」「撮り」にいったので、やはり新線にもいかないと。ということで、会社帰りに横浜からみなとみらい線へ。しかし何だ、この遅れてきたバブルは。今時、コスト要因からほとんど見なくなった複線断面のシールド。そして、かつての大阪地下鉄御堂筋線を思わせる、大断面天井ぶち抜きの豪勢な駅。まあ、計画したのがバブル期というのは分かっているんだが、これ、回収できるのかな。ただでさえ、横浜は借金多いんでしょ。

2月4日(水)

大冊の「D52物語」を購入。これを自主制作したというのだから、相当にリキが入ってる。内容も、D52のファンならでは充実ぶり。よく調べたし、よく集めたモンだ。値は張るけど、それだけの価値は充分という感じ。作り手の気持ちが伝わってきますよ。
さて個人的には、巨大蒸気ってそんなに好きじゃないんだけど、D52は好き。その昔SLブームの頃は、北海道のみコカコーラが350ml缶だったのね。で、その大らかさが北海道の大地のイメージとマッチしてた。だから青函連絡船に乗ると(連絡船は函館管理なので、中のコーラは北海道仕様)、真っ先に缶コーラ買って北海道気分をもりあげたっけ。それと同じで、まさにD52ってそのスケール感からして、「ぼくにとっての北海道」なんだよね。特に森〜函館間の駒ヶ岳が絡むあたりがいいな。

2月3日(火)

ちょっと前に、ガキと一緒に、普段余り行かない模型店を覗いていてみつけた、アクリル・カバーつきのHO用車輛展示台。そのままにしておいたのだけど、思い立ってちょっと改造。線路部分は、単に篠原のHO用レールを釘で止めてあるだけだったので、12mmにアッサリ改軌。こりゃなかなかいい感じ。それまで、これまた出物でみつけた「丸太小屋」製の16番用の飾り台が置いてあった(中には出戻り前につくった16番の蒸気)のを置き換え、出窓に置いてみる。C62を入れてみたけど、格調高し。にこにこ。

2月2日(月)

模型店から、TELあり。半年以上前に注文を入れ、本人も半ば忘れていたトミックスのレイアウト用パネルが入荷「していた」とのこと。まあ、不要不急の趣味の世界。まことにおおらかな話。そういえば12mmのジオラマとして、機関区の続きの部分か、駅の貨物側線と貨物倉庫のセクションを作るつもりだったんだ。これも何かのタイミング。これを機会に、製作開始しようか。まず、何のジオラマ作るか考えよう。

2月1日(日)

先日、多分買いだめしていたパーツが残っているだろうと引っ張り出してきた、別荘の屋根裏に押し込んでいた「出戻り前」のジャンク箱群。お目当てのロストパーツは見つかったものの、出てくるは、出てくるは、怪しい半端物の多いこと。捨てるに捨てられないだけに、その中にころがっていた、ボディーやら、ばらばらになった部品やら、なんとか拾い集めて何輌分かまとめ、中古屋さんに売りに行く。最近は好事家がけっこう多いというコトなので、一応委託で出す。で、帰りがけにCSDの食堂車を発見。GET。

(c)2004 FUJII Yoshihiko


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