「夢」を大人買い
-今月のホビー日記・2021年10月-
10月31日(日)
京王線で通り魔事件。国領付近を走行中の新宿行き特急車内で、刃物を持った男が暴れ、十数人が負傷。例によって「誰でもいいから殺したかった」という、精神異常者の犯行。人権重視で異常者にも優しい社会になったのはいいが、病的に危険なモノをそのままのさばらせておくというのは、人権重視とは違うぞ。このあたりをきちんとわきまえないと。
10月30日(土)
ぼくは鉄道模型は編成単位で考える方なので、どのスケール・どのゲージでもけっこう客貨車の比率が高くなっているが、特に16番量販品は「走らせる」ということで機関車まで含めた編成でまとめるようにしている(プラレールと同じ考え方)。その中でも北海道の幹線が蒸機全盛時代の貨物列車は一つのテーマになっていて、その中でもボギー貨車で固めた拠点間列車の編成を狙っている。本土からのコンテナ特急とセキ列車はすでにモノにしたが、第三段として輪西の製油所から内陸各都市を結ぶタキ列車をまとめていた。今日は今回購入したタキのジャンクの山の再生。これでジャンクを買いあさったタキもけっこう輛数が溜まってきて、一応それらしい編成になってきた。次の狙い目は苫小牧-東京-札幌-苫小牧と三点間で運用されていたワキだな。
10月29日(金)
JR京葉線の新習志野-海浜幕張間の新駅の名称が「幕張豊砂」に決定したと記者発表。立地している地名が「豊砂」ということで、なんとも無難な決定になってしまった。イオンが半分費用負担しているし、どう考えても「幕張イオンモール」しかないと思っていただけに残念。古くから「三越前」(あれも三越が建設費用を負担して開業)みたいなのもあるし、全然わかりやすくていいと思うのだが。
10月28日(木)
来年3月の「第七回池袋鉄道模型芸術祭」の打ち合わせに、松・謙さんお宅に伺う。当然の流れだが、「ビストロ・クレセント」で一杯頂きながら、新たに完成した鉱山地区を拝見するとともに、その下の恐竜渓谷の一番手前側を走るHOn3路線での運転を味わう。道路側から入って、一番右手奥の一角は、これで一気に完成度が高まった。それまで人の気配が感じられない岩場だったところが、鉱山の街に近付く気配となり、線路の輻輳も人の気配の賑わいを感じさせるものとなって、なかなかいい感じ。これでいよいよ最後の大鉄橋周辺ができれば、地面も完成かという感じになってきた。でもまたこれ、「ビストロ・クレセント」もそうだったけど、松・謙さん、平井さん以外に最初に見た人になってしまったなあ。
10月27日(水)
JR九州は2022年度に予定されているの西九州新幹線開業にあわせて、新たな観光列車「ふたつ星4047」の運行を開始すると発表。「西九州の海」と「地域のおいしいもの」が楽しめる列車というコンセプト。設定された運行ルートは。午前は長崎本線経由の「武雄温泉→長崎」、午後は大村線経由の「長崎→武雄温泉」。西九州新幹線と組み合わせて、新幹線では楽しめない「眺望」を味わってもらおうというコンセプト。「4047」はキハ40とキハ47を使うということからきているようだ。ということで、豪華になりすぎることなくノスタルジックな気分を活かそうというもののようだ。しかし、JR九州はMr.地域振興・鳥塚社長のワザをうまく学んでいるな。
10月26日(火)
16番量販品のジャンクを落札。このところ、あまりピンとくるタマが出てこなかったが、久々に「想定内」の品が出てきたので首尾よく落札できてよかった。これでまた一編成組める。16番量販品はとにかく走らせることが前提に手を出しているなので、基本的に車輛単位ではなく編成単位で考えている。ここもプラレール的ね。走らせることを基本に置くと、やはり編成単位で考えなくては意味がない。編成にして走らせれば、余り気にならなくなるところも多い。という循環ね。
10月25日(月)
自粛期間は明けたが、そもそも自粛する気など毛頭ないので、自粛期間中も積極的に出かけていた。しかし、行くところが限られてしまうので、「乗ったことのない鉄道路線に乗る」ことで外出するというのをこの一年半やっていた。おかげで首都圏の主要な民鉄については、乗ったことのない線区がなくなった。しかし関東のJRにはまだまだ乗っていない区間があるので、勢いついでにこれも廻ろうというのをやっている。今回は久留里線全線に乗ってきた。千葉は子供の頃から「ドライブに行くところ」で、鉄道は乗ったことのない区間の方が多い。久留里線も沿線の国道410号線とかは何度となくクルマで走っているが、鉄道は初めて。しかし横田と久留里を除いてすべて無人駅で、ICカード使用不可というのもスゴい。それでも木更津市街はそこそこ沿線に家があるし、久留里までは沿線に高校とかあってそこそこ乗客がいるが、久留里から先は上総亀山までは本当にデッドエンド。一閉塞で分岐も何もない「一本棒」。おまけに周りに家がほとんどない僻地。約1時間でこの落差というのもなあ。これを見ると、沿線に集落や観光地(チバニアンだ)はあるし、線路も他社とつながっている(実際に工事用車輛を二社間走行で貸借した例がある)上総中野の方が、まだ僻地感は少ないなあ。
10月24日(日)
本日は日本鉄道模型の会の月例理事会。今月からリリースした来年三月に行われる「第七回鉄道模型芸術祭」の出展応募はすでにけっこう来ており、初参加の方の応募も多いとの報告。例年は締め切り前数日での集中応募が多いので、今回はかなり活発なのではないかという見通し。まだまだスペースはありますから、皆さんどんどん参加してください。今日も行き掛けに、渋谷駅のホーム拡幅工事の定点観測。昨日と同じ場所からのカット。新線路への移行とホームの拡幅はほぼ済んでいる状態で、ホーム上の各種装置の配線と案内の掲示といった、インフラ系からアプリケーションの設置の方に工事の重点が移っている状況。
10月23日(土)
本日よりこの週末は、渋谷駅のホーム拡幅工事に伴って山手線内廻りの池袋-大崎間が終日運休。この二日間で取り付け部分の線路の移設と、仮ホームの拡幅を一気に行う計画。今日は用事があって昼頃に渋谷駅に行ったが、すでに内廻りの線路は撤去されて取り付き部分の線路の敷設が進んでいる一方、新規の線路が敷設されていた部分ではすでに仮設ホームの拡幅工事が始まっていた。今回は埼京線の時とはことなり充分なスペースが取れたので、軌框をジャッキで移動するのではなく、敷けるところには前もって線路を敷いておき、取り付き部分のみ新たに敷設工事を行うという手法になっている。仮設ホームも、すでにあった仮設部分の横桁には延長用の桁がすぐ取り付けられるような構造になっており、陸軌車のクレーンが新線部分に乗って次々と桁を取り付けていた。
10月22日(金)
16番のエンドウ製のセキには、黄帯・レタリングが印刷済みのヤツとアンデコのヤツがあるが、印刷済みのヤツにもインレタの黄帯はおまけとして付属している。そこでこいつを使って、みんな大好きな北海道の思い出のワフ121000/122000をでっち上げることに。まあ16番なので、黄帯と番号の頭の「1」そして道内の管理局名を貼り付ければ見立てとしては充分。ところがこの黄帯インレタ、およそ今までに出会ったインレタの中では質的に最低と言っていい代物。帯がキチンと貼り付かず、粉のようにボロボロになってしまうのだ。確かに数年前のキットだが、カトーのインレタは20年前のでもキチンと崩れずに貼れるというのに。仕方がないのでしっかりとクリアデカルに貼付した上でしっかり固めてなんとか事なきを得たが、こういう目的でクリアデカル転写を使うというのも初めてだな。
10月21日(木)
10・21が「国際反戦デー」で、必ず新左翼のデモが荒れる日だったのを知っている人も、もはや還暦以上になってしまうんだよな。それはさておき。2021年度グッドデザイン賞の受賞結果が発表されたが、鉄道車輛で受賞になったものは東海道新幹線の「N700S型」、東京メトロの「18000系」、広島のアストラムラインの「7000系」とのこと。まあ、この賞は経営主体が応募しなければそもそも審査対象とはならないシステムになっているので、ある意味「お墨付き」みたいなもので本当のコンテストではないからこういう結果になっているのだろう。逆に言えば、JR東海や東京メトロはこれらの車輛を売り込みたかったという証だということもできるのだが。
10月20日(水)
西武の38101F「DORAEMON-GO」が、新宿線系統から池袋線系統に移動して運行とのニュース。まあ、いつかはやるんだろうとは思っていたがやっと来たか。とはいえ、池袋線も乗ったり踏切を通ったりする用事はワリと多いので、どっかで出会うだろうな。また違う楽しみが出てきたということかな。坊主めくりみたいなもので。
10月19日(火)
JR東海は、名古屋の「リニア・鉄道館」で展示している「国鉄バス第1号車」が文化庁の重要文化財指定を受けたことを発表。1930(昭和5)年東京瓦斯電気工業(現いすゞ)で製造され、省営バス岡多線の開業時使用された。旧交博では戦前から展示されているおなじみの展示物だったが、いつのまにかリニア鉄道館に移管されていた裏には、そういう事情があったのか。JR東海は余り保存車輛を大切にしないので、重文指定はいいことであろう。
10月18日(月)
最近は、仕事の予定がなく天気のいい日は、東京近郊の乗ったことのない路線を乗り歩くというのをよくやっている。実は「乗り」ではないので、けっこう乗ったことのない線区は多いのだ。なので、どこと決め打たずに、おおよその方面だけ決めておいて、来た電車によってどこを攻めるか決めるという感じでやっている、本日は千葉方面ということで新橋から横須賀線に乗ると、やってきたのは成田空港行き。成田線の成田から先は乗ったことがないので、本日はここを攻略することに。総武本線の成東から先も、小学校の遠足以来半世紀以上乗っていないので、帰りはこちらを廻ってくることにした。成田線沿線の撮影地は、どこもカメラの砲列。鹿島貨物に何か変わったカマが入っているのかなと思ったが、うまい具合に乗っていた電車は大戸駅で貨物と交換する。一瞬降りて、ホームの端からワンカットだけ撮影。まさに行き掛けの駄賃。来たのは、なんのことはない普通のEF210だったが、こんなのをここで写すこともないと思うので、いい記念にはなった。
10月17日(日)
JR貨物は、すでに発表されている九州でのEF510形式の使用に先立つ量産先行車として、301号機が12月に完成すると記者発表。既存の同形式とは違い、交流回生ブレーキを搭載しているのが特徴となっている。車体には銀色をベースとした新たな塗装が行なわれる予定。九州で活躍してきたEF81300番台のイメージを引き継ぐカラーという。今後試用の結果を踏まえて量産し、国鉄時代からのED76形式及びEF81形式を置換してゆくこととなる。
10月16日(土)
新宿方面に行く仕事があったので、それを利用して新宿センタービルのリコーイメージングスクエアで行われている、名取紀之さんの写真展「NARROW GAUGE WORLD −時刻表にない鉄道−」を見に行く。ある意味、名取さんのライフワークともいえる「鉄路の極北」。線路と鉄輪車輛はあるが、鉄道というシステムビジネスなのか、単なるインフラ設備なのかというギリギリの存在が、これまた人間が生活するギリギリの環境に存在している姿を捉えた写真展。そもそも自然が強すぎる環境の中で、なんとか人間が生きてゆくための道具として線路と車輛がある。そしてその環境が厳しすぎるからこそ、自然が勝ち誇るかのように美しく見える。流石、名取さんのカメラアイは、20世紀末から21世紀初めにかけて、こういう環境の中で生きていた人々の姿をその厳しい自然と合わせて、鉄道という存在が産業革命以来の人類にとってどういう意味があったのかを記録し、絵画として後世に残す大きな仕事を成し遂げているといえるだろう。ナロー云々は別として、この時代を生きた鉄道ファンならば是非見ておくべきものだろう。名取さんもご在廊で久々にお会いでき、前にお会いした時よりお元気そうだったのでよかった。ところで帰りの副都心線から東横線は、8輛編成化された東京メトロ10000系、10101F(デジタルだ)。何も変わらない風景だが、10000系から各停しか止まらない東横線の駅に降り立てるというのは、この時期だけの特権だ。
10月15日(金)
旧友とあってしばし鉄道模型談義。量販品の16番は、欧州型・米国型などグローバルレベルで量販品を作っている中国の工場で作っている分、走りもグローバルレベルでかつての国内生産のブラス製16番とは桁外れに違うという話に。中国の工場は「工業製品」として発注に従って模型を作っている分、現在のデジタル家電とかと同じレベルの精度で「製品」を作ってくる。しかし、それをオーダーするにはちゃんと工業製品を設計できる技術者がいなくてはならない。しかし、日本の鉄道模型業界は見様見真似でカタチだけ作った職人しかいないので、マトモなオーダーができない。逆に大メーカーの技術者が趣味で始めたガレージメーカーの方が、きちんとCADの図面でオーダーして、すごいものを作らせていたりする。ディテールは趣味嗜好の問題なのでどうでもいいが、ちゃんと「走る」という点においては、中国の製品はスゴい。何度も言っているけど、中国製量産品16番は9600が370R、D51やC62が430Rをストックのままで走るという事実をもっと直視いないといけないし、そこから現代的な16番の意味が生まれてくるということももっと共有されるべきなんだが。
10月14日(木)
「鉄道の日」。来年は鉄道開業150周年なのだが、どこまで盛り上がるんだろうか。まあ、便乗企画自体は鉄道会社自身もたくさんやるだろうし、イベントも多くなるとは思うが、国民的広がりはあるのか。100年の時とは、鉄道の社会的位置付けが変わっちゃってるからなあ。ところで、今日は打って変わっていい天気になったので、昨日再生工作を行った16番ブリキ製貨車の塗装と儀装を一気に行う。まあ、大体意図したようなレベルにはまとまったかな。あとはインレタ・デカルの貼り付けだけだが、これが実は大変。16番の貨車のレタリングは、思ったほど出ていない。昔アダチからキットが出ていた車種でもバラ売りはもうなかったりするし。一文字づつ貼るのはイヤだなあ。なんか抜け穴はないものか。
10月13日(水)
1960年代の16番ブリキ製貨車の再生。多分つぼみ堂製と思われ、TER製と違いワリとプロポーションがいいので、プラ量販品と繋げておかしくない程度にまとめる。つぼみ堂のブリキ製の電車や客貨車は、意外とスケールに近いので、その昔学生時代に他で出ていない客車とか、バラして組み直しディティーリングをやったこともある。今回はどんな感じでまとめれば16番としては今の感覚で見れる感じになるか、何台か再生して大体わかってきたので、そのセオリーに則って、元の塗装を活かし線材や真鍮パーツを使うもののみハンダ付けで組み、ホワイトメタルパーツ等は接着で対応という工程。とはいえ「見立て」が基本なので、難しいことは考えず、学生時代の70年代を思い出しての作業はかなり楽といえば楽。ポイントは走行性なので、今の車輪に交換し軸受の調整を念入りにやるのが昔と違って重要だな。本日は忙しかったので田園都市線三往復。一回目の往きが、8500系8637F。
10月12日(火)
日曜に発生したJR東日本の停電事故は、その原因がどうやら木曜日の地震にあったらしいことが判明。JR東日本では、自前の発電所から給電する系統(東海道線・中央線等)と東京電力から購入した電力を給電する系統(東北線・常磐線等)があり、事故の起きた蕨変電所は東京電力の越谷変電所から受電した超高圧電流を線路に沿った高圧電流に変換して各沿線の変電所に送る施設。ここはメインと予備と二系統の施設を持っているが、常用している古くからの施設の変圧器の絶縁油の配管に地震でひびが入り漏れ出したため、絶縁状態が悪くなって出火した模様。予備系等は問題がなかったため、消火から状況の確認、沿線の安全確認を済ませて、翌日の始発から平常通りと比較的早く復旧ができたようだ。しかし架線の構造ならいざ知らず、「電力関係」というのは鉄道マニアでもけっこう知らない人が多い分野で、逆に「鉄塔マニア」の方がJRの配電網にも詳しかったりするのだが。
10月11日(月)
ちょっと前にオークションで入手した、中国MTC製のブラスHO蒸機。中国国鉄的には解放型だが、もと満鉄ミカィの144号機。中国建国直後の、まだ中国でも「ミカ1型」とよばれていた頃がプロトタイプという珍しいもの。調べてみないとわからないが、これ川崎製とかじゃないのかな。八路軍の英雄周保中将軍の名を取って「周保中号」と命名されていた機関車。カナダの中国系の模型店で時々ある在庫整理のセールで安く入手したもの。ということで、中国のジオラマが登場。このジオラマは改革開放前の情景(改革開放直後も、内陸部はあまり変わらなかったが)なので、ちょうど似合っているかも。でも、中国製のブラスモデルも、随分質が上がってきたなあ。ところで、本日は田園都市線一往復半。一度目の帰りが8500系8631F。31Fはけっこうよく出会うなあ。備忘録として。
10月10日(日)
13時ちょっと前にJR東日本の蕨変電所で火災が発生し、東京圏のJRのほぼ全線が小一時間運休する事態が発生。その後他系統から給電している区間は順次運転再開したが、直接影響を受ける赤羽-大宮間の各線は、夜に至るも再開の見通しが立っていない状況。このため現時点では、宇都宮・高崎方面は大宮以北で、京浜東北線は赤羽以南で、湘南新宿ラインは新宿以南で、東海道線は東京以南での折り返し運転を行っている。自粛明けの休日で天気も良く、基本的に人出が多い一日だったので、この影響を受けた人も多いだろう。
10月9日(土)
近畿日本鉄道が、大阪難波-近鉄奈良-京都を結ぶ観光特急「あをによし」を来年のゴールデンウィーク(4月29日)から運行すると発表。車輌は定期の特急から引退した12200系56編成を改造し、カウンター付きのサロン風シートとしたもので、新たに19200系を名乗る。内外装も天平時代をイメージし、古都奈良の歴史や文化を感じさせるもの。大阪、京都から奈良へ移動する観光客をターゲットとしたものだが、大阪-奈良間が一往復、京都-奈良間が三往復と、かなりの頻度で運行するのも、この手の観光列車としては新しい試み。観光客の動員に貢献できれば、他の民鉄でも取り入れる可能性は充分あるだろう。
10月8日(金)
昨日の地震では今朝になっても影響は大きく、JR東は湘南新宿ライン、東京上野ライン、埼京線系統が昼過ぎまで運休、その他の路線も大きく遅延が発生して大混乱。民鉄関係が朝からダイヤ通り運行していたのとは好対照。運行距離が長く、近郊の地方路線まで入っている分安全確認に時間がかかるのと、やっぱり官僚体質が残っていて顧客の便利より自分のリスクを取らない方に走りがちという結果が、この差になったものだろう。それにしても、今日から担当講義が対面授業になり埼京線に乗らなくてはならないので、直接的に出勤に大いに手間取ってしまった。
10月7日(木)
22時41分に千葉県を震源とする地震が発生し、東京都と埼玉県で震度5強を観測。その影響で日暮里舎人ライナーで、脱輪事故が発生。ちょうど分岐のところを通過しようというところで地震に合い、分岐のガードレールに激突したというもの。複雑な要因が偶然一致したため起きた非常に珍しい事故。これを防ぐには、急停止が無理な以上、通常の鉄道のポイントのトングレールのように、分岐部分でガードレールを可動にするしかないだろう。しかし、それをやると新交通システムの特徴である「レール無しで自己操舵」という特徴がそがれてしまうんだが。
10月6日(水)
昨日は流石にお尻に火が着いて、千葉に草刈りに行った。何度か行こうかと予定していたのだが、雨でいけなくなっていて、もはや危険域に達してしまったので晴れを突いて決行。この夏の異常気象のせいか、夏に2カ月草刈りができなかったワリには、意外と繁茂していない。この数年成長が悪かった芝生も、久々に復活していたのもよかったのか。おかげで昨日の内に帰れて、今日は朝から仕事ができた。で、今日は田園都市線2往復。1度目の帰りが「ヒカリエ号」8637F。見れるだけでも大事だけど、乗れるのはさらにラッキー。
10月5日(火)
今月分の「記憶の中の鉄道風景」のコンテンツの作成。今回も前回の予告通り、1972年夏の最初の北海道撮影旅行時に「「あそこ」での一日 -1972年7月14日-」シリーズで取り上げた、あそこの立体交差で撮影したもののカラーポジ版の最終版。16歳の夏、最後の幹線に溢れんばかりの蒸気機関車牽引列車に、どう撮ろうかアイディアが尽きるまで付き合った一日。こんなに一日で鉄道写真を撮りまくった日は、人生前にも後にもこの日だけ。それでも何とか気迫を切らさずに最後まで撮ったのは若さゆえか。まあ、このシリーズの最終編をやったので、ジオラマまで作ることになってしまったのだが。。
10月4日(月)
西武池袋線方面に用事があったので、Fライナーで直接行こうと待っているとやってきた快速急行飯能行きは、なんと東京メトロ7000系最後の10輛編成となった7001F。多分7000系の10連のFライナー運用に乗車するのは、これが最後の機会だろう。途中でゆっくり昼飯を食おうと時間の余裕をとっていたので、いろいろ計算すると飯能まで乗っていって戻ってこれる。メシは用事が終わってからでもいい。ということで東横線から、副都心線と西武線内は飯能まで全区間堪能してきた。けっこう撮影者の姿を見たので、もしかして西武アプリに7000系が表示されているのかな(「緑車」「ヒカリエ号」は特別のアバターが出てくる)と思って見てみたが、流石にそれはなかった。引退が決まっている車輛は、「葬式鉄」じゃなくてこうやって楽しむのだよ。昔からのファンは。
10月3日(日)
昨日と今日は、成田ゆめ牧場の羅須地人鉄道協会の蒸機機関車運転日。緊急事態宣言明けに加えて、台風一過の秋晴れの週末と、まさに観光日和。宿泊の必要な遠方の観光地はさておき、日帰り向きの首都圏の近場の観光地は、絶好のスタートとなった。ゆめ牧場もかなりの人出だった模様で、SNS等でその盛況がリアルタイムで伝わってくる。おまけに新製なったばかりの3シリンダーの9号機がデビューと話題には事欠かない。こういう感じで、全国的にイベント・観光が復活してくれると良いのだが。
10月2日(土)
台風一過の青天なので、晴れて(いかん、おやじギャグだ)ジオラマの撮影。待避所を取り付けた追分側からのカット。こうなると、どうみても「あそこ」だな。いろいろ小物を取り付けたのだが、これも目の錯覚を起こさせるようにしなくてはいけないので、けっこう演出が難しい。電柱はN用のオーバースケール気味のヤツを利用したが、千歳線側に車輛を置く際には妙なことになってしまうので着脱式とした。さらに、こっち側では実物は逆光になるので、いつものような撮り方はできない。とはいえバックの書き割りにも光線が当たらないと撮れないので、夏の盛りの昼時にトップライトになっている感じの光線状態にしてみた。ということで、実際この場所・この角度に近い構図で撮影したことのある135号機の登場。もっともこの135号機は交博仕様なのでちょっとナニなのだが。ところで本日は田園都市線一往復。帰りに渋谷駅で8631Fに出会う。備忘録として。
10月1日(金)
台風が接近する中、JR東日本のオール2階建て新幹線として知られたE4系がラストラン。最終定期列車は、20時21分新潟発東京行の「Maxとき 348号」。もちろん車内は満席。各駅のホームも「葬式鉄」で溢れた。関東地方でも台風が通過した後となったため、終着の東京駅もファンでごった返した模様。個人的にはE1系にしろE4系にしろ、アコモデーションを犠牲にして一人でも多く乗車させようという、新幹線通勤がブームになったバブル期の残渣を引きずっていて、あまり乗りたい列車ではなかった。高崎とか宇都宮とか、湘南新宿ラインでも行けるぐらいの範囲が限度だよな。飛行機のエコノミークラスみたいに、これで料金が格安だったりすればよかったかもしれないけど。
(c)2021 FUJII Yoshihiko よろず表現屋
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