「夢」を大人買い
-今月のホビー日記・2026年2月-
2月15日(日)
芸術祭を睨んで、今年の出展作の工程を、2月の前半に組み上げ、後半から3月アタマで塗装としていたので、そろそろ組み上げの締め切り。ということで、これから平日は予定が山積なので、今日中に仕上げるべく集中してパイピングやディテール加工を行う。ちゃんと機関車工作するのは2年ぶりだが、老眼の進行と細かい手作業が定まりにくくなっているのは、歳を考えると仕方ないか。昔はヤットコやピンセットで挟んで気迫で一気に半田付けできたのだが、今は固定できる仮治具がないと逆に失敗が増えてしまう。ということで、どうやって仮治具を作ったらいいか考える時間が一番長かったような。ということで、午後半日にてひとまず予定指定していた工程は終了。少し余裕ができてホッとした。
2月14日(土)
大学の時の鉄道研究会の創立70周年記念パーティーが、学内の生協食堂にて行われる。創立70周年というとぼくの生まれた1955年創立ということなので、ぼくらが入部したときにはまだ18年しか経っていない勘定。それから半世紀以上だからなあ。OBの取り扱いも年齢別に分かれていて、70歳以上の「最長老組」にされちゃっていたし。まあ、現役蒸機の撮影旅行に行けた世代だから、歴史の彼方の存在になってしまっていることも確かだが。とはいえ、趣味界見渡すと老人ばかりだからなあ。
2月13日(金)
13日の金曜日。京成電鉄が成田スカイアクセス線の複々線化を発表。北総線沿いにあるかつての成田新幹線用地を利用し、ノンストップの有料特急用線を敷設し、成田湯川から先の複線化と合わせ、全区間を160km/h化しスピードアップと押上・都営線方面からの増発を図るというもの。確かに線形の悪い上野-青砥勘とは異なり、押上線は改良工事が進んでいるので、都営線からなら全線高速運転が可能でいかにも便利になりそう。都営乗り入れ用の新特急車のイメージスケッチも発表されたし。
2月12日(木)
ちょっと用があって常磐線に乗っていて、松戸に差し掛かると京成松戸線の松戸駅には、すっかり京成色になった80000形の編成が停車中。まあもうかなりの両数が塗り替えられているので、毎日使っている人は見慣れているんだろうが、久々に松戸を通った身としては「なるほど京成になった」感が強い。同型車が本線にいる形式についてはひとしお。まあ、あの新京成のピンク色はなんとも派手で主張が強かったからなあ。
2月11日(祝・水)
JR北海道が3月末を以って廃止される留萌本線の深川~石狩沼田間)について、3月14日のダイヤ改正以降、3月31日の最終運行日までのダイヤを発表した。廃止を前にした利用者増が見込まれることから、下り列車は現行より1本多い8本、上り列車は現行より2本多い1日9本となる。なお、14日以降は旭川への直通はなくなり、全列車深川駅着発となる。まあ「葬式鉄」が出てくるのは毎度のことだが、それに対応して臨時列車の増発というのは皮肉な限り。
2月10日(火)
久々に都心方面有楽町線沿線に用事があり、乗り換えようと思ったら池袋-東池袋間で信号故障が発生。たちまち有楽町線・副都心線全線が運転休止に。流石に副都心線系統は10分ほどで運転再開したが、有楽町線は運転再開まで小一時間とのこと。仕方がないので要務先には迂回して行くことに。まあ、都心部はちょっと歩けば他の路線からでもなんとかなるところが多いので、それほど大きくは困らない。用事が終わると運転再開予告時間の13時を回っているので、そのまま有楽町線の駅に向かうと、運転再開してはいるものの、新木場-市ヶ谷間の折り返し運転。こちらはそれで充分なので、乗って戻る。新木場方面からの上りの市ヶ谷行きはけっこう珍しいかも。
2月9日(月)
本日JR東日本千葉支社が、かねてより廃止が議論されていた久留里線久留里-上総亀山間について、2025年度内に鉄道事業の廃止を届け出ると発表。27年4月を以て廃止との予定。やっとか、という感じ。まああそこはそもそも上総中野への通過地点として敷かれた区間で、千葉の中でも沿線に人が住んでいないエリアだからなあ。そういう意味では、輸送人員数以前の問題。とはいえ大原に繋いだところで、もっと千葉市や東京に近い五井に向かう小湊鉄道との乗り換え客も観光客だけという現状を考えると、通過旅客が見込めるレベルではなかったと思うが。それでもJR東日本が代替バスの費用を18年分を負担するんだと。とんだお荷物だなあ。
2月8日(日)
本日は前夜から降雪が続き、東京都心部でも5cmの積雪と久々の大雪。とはいえ今回はかなり前から雪の予報が出されていたためか、首都圏各路線は遅れや優等列車など一部列車の運休はあったものの、直接的な障害による全面運休は起こらずに済んだ模様。とはいえ、雪が原因となった車輌故障により、西武新宿線が西武新宿-上石神井間で一時運転見合わせとなった。まあ、これも雪害といえばそうなのだが。
2月7日(土)
本日は松・謙さん宅のレイアウト、D&GRNクレメンタイン支線の整備工事の第四回目。1月はスケジュールの都合がつかず作業ができなかったので、今年初めて。中間駅を交換可能な状態に持ってゆくとともに、一部の留置線も活線化するのが主作業。あと、年越し運転中に走らなくなったというので、そのチェックも。一つ一つ問題を潰していったところ、これは接触不良が原因だった。なんせ50年間走らせていなかったモノなので、ジョイナーが錆びて導通不良になっている箇所がところどころにある。これは固定されているので、もう真鍮線を脇に半田付けして強制導通で対応。クレメンタイン駅の入り口のところのポイントは、トングレールが変形してしまっているので要交換なため半田で仮固定して1線のみの使用だが、これで一応2列車運転ができる状況になった。次回はいよいよポイントマシンの取り付けとフィーダーの配線で、試運転ではない運転が最低限できるようにするのが目標だな。
2月6日(金)
すでに内装は変更され、白塗装姿での試運転は報告されていた荷物専用新幹線E3系(元山形新幹線用L69編成)に、予定されたラッピングが施され出場したことが目撃された。同時にすでに旅客用E3系は用途廃止になっているのでこの編成がE3系新0番台として改番されているとのこと。まあ、こういうのは目立つことが即パブリシティーになるので、ラッピングは本来の使用法とも言える。ドクターイエローのように、目撃した人が喜んで画像や映像をSNSに上げるようになれば本望でしょう。
2月5日(木)
JR北海道が釧網本線の観光列車「SL冬の湿原号」を、2月5日(木)~8日(日)ついては牽引機関車をディーゼル機関車に変更して運転すると発表。これは牽引機C11171号機のピストンリング割損し運転不能になったため。2月11日(水)以降の機関車は現在未定で、修理の状況を見て決定するという。それにしてもJR北海道、171号機を何度壊すんだろう。貧すれば鈍するで、今や大井川鐵道よりも技術力が低いんじゃないの。かつては最後まで現役蒸機があった関係で、動態保存各社に技術指導もしていたのに。ところで、山手線に乗っていると、西武新宿線の「茶車」に一般の2000系2輌を連結した10連の急行と並走。「茶車」って元々武蔵野鉄道110周年記念で茶色にしたはずなのに、今や全くどっかにすっ飛んじゃった感じ。備忘録として。
2月4日(水)
今月分の「記憶の中の鉄道風景」のコンテンツの作成。今回はまた前回に続いてPhotoshopのAIカラー化のニューロフィルターのプラグインを利用した「蒸気機関車時代の昭和の鉄道写真をカラー化してみた」シリーズ。苗穂機関区で撮影したカットのカラー化もこれで6回目。今回はかなり撮影にも飽きてきて、妙なカットを狙ってきているタイミングに入ったので、AI君がこれをどう料理してくれるかが見もの。どのぐらい使えるかから、出来栄えを楽しむフェーズに変わってきたな。
2月3日(火)
兼ねてから噂されていた東武鉄道90000系の第一編成が完成し、本日日立笠戸から甲種輸送されその姿が捉えられた。確かに正面はかなりユニークなデザインだが、側面は紛れもなく日立のA-train。もともとA-trainシリーズは側面のアルミダブルスキン構造にこそアイデンティティーがあり、正面はFRPで取って付けたように変貌自在なので、そういう意味では50000系・60000系・80000系の延長上にあるのは間違いない。しかし、電車ってもう日立のダブルスキンか、東急・総車の231ステンレスかどっちしかないのね。
2月2日(月)
ということで、上回りを下回りの上に載っけてアタリを見る感じで現状の記録撮影。ビスも止めずに載せてるだけなんで、隙間とかはご容赦を。スゴいメタな再生で、魔改造しようとされていたジャンクを、ひとまず本来の姿に戻しつつディテール加工もしようという、工程の割に最終的には目立たなくなってしまう作業が続いたが、そこはひとまずクリアした。まあ、復元という感じかな。とはいえ、元の乗工社製のD51北海道型、よくできているところは専用部品を作ったりしてがんばっているのだが、なぜか北海道型ではあり得ない構造の部分があったりする。キットには118号機のプレートが付いているので小手指公園に保存されている118号機を取材したのだろうと思うが、なんでこうなっちゃってるんだろう。前に完成品ベースで乗工社のD51北海道型をModelsIMON製の北海道型D51と並べてもおかしくないようにレトロフィットで加工したことがあるので、パーツ類についてはその時のやり方に揃えた。とにかく機番の比定が困難な「どこにでもうじゃうじゃいる北海道の標準型D51」にしようというのが目的なので、特定番号機のプロトタイプがあるわけではない。手持ちのIMON製1/87のナンバープレートの中では滝川機関区の397号機が装備的に近そうなので、コレを付けようか。で、午後から用事で銀座線に乗ったら、久々の「レトロ車」39F。なんかレトロ車久々。備忘録として。
2月1日(日)
2月に入ったらペースアップしようとは思っていたので、北海道形D51の再生作業を加速。ベースのジャンクはとにかくプロトタイプとしてはあり得ない魔改造をしようとしていたモノで、北海道形でもなんでもない重装備になっていた(ただしキャブだけは密閉だし、テンダも密閉キャブ用)。これらを全部外して、IMON五反田工房から分けてもらったパーツ(乗工社時代のではなく、IMON製の北海道形に使ったもの)と付け替え北海道形に戻す。仕掛かりなので欠品パーツもいろいろあったが、それもついでに入手。1月下旬から毎日少しづつやってきたが、今日まとめて作業して基本的な形はひとまず出来上がる。ここから先は2月半ばまでにパイピングとか細かい細工をチョコチョコやって、1カ月の猶予期間を持って塗装に望めそう。ひとまずここで仮組みして、中間報告の写真撮らないと。
(c)2026 FUJII Yoshihiko よろず表現屋
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