引導は渡された





どうして「市民・弱者の味方」を主張する左派・革新政党の人々は、上から目線で生活者の意見をバカにしてかかるのだろうか。マーケティング的に考えれば、生活者のニーズを拾って反映するのが、本当の「人々の味方」である。すなわち有権者の味方になるのであれば、上から目線ではなく下から目線で、「これをあげるよ」ではなく、本当に生活者の視線に沿った形で何を求めているのかを聞く態度が大事なはずである。

さらには、いまの生活者は百人百様の多様なニーズを持っている。一つの価値観で全ての人を納得させ満足させることは不可能である。左派・革新政党は究極的には「一党独裁」な人達なので、異なる意見や多様な考え方は許せない。「唯我独尊」なのである。これもやはり左派・革新政党と強く結びついていた「リベラル」や「市民運動」の人達にも共通に見られる特徴となっている。

左派は些細な主義主張の違いから分派を作り、セクト主義に陥る。労働組合でも、微妙な主張の違いから一つにまとまらず、並列的にいくつも組合が結成されることは組合運動が盛んだった1960年代良く見られた。かくして、部外者から見るとほとんど違いが解らない組織同士が内ゲバを始めることになる。彼らにとっては、似た者同士の微妙な違いの方がその存在を許せず、相手を抹殺しようとする。

そういう一つの価値観しか認めない共産主義・社会主義が必然的に「粛清」を生むことは、社会主義の社会実験が大々的に行われた20世紀の歴史が示している。弱者の味方のようなふりをすることが多いが、彼らが味方するのはあくまでも自分達の主義主張を支持する人達だけである。本当に手を差し伸べるべき弱者であっても、自分達の主義主張を受け入れらない者は「強者」として攻撃対象にする。

この体質は、日本においては「左」がかったり、「進歩的」を自称する組織や運動においてはどこでも共通してみられる。本来のリベラルとは多様な価値観を認める傾向が強いはずなのだが、こういう経緯があるので日本の「リベラル」は極めて画一的かつ教条的であり、自分達の権威を認めずまつろわない人々を強く排斥するという特徴がある。これもまた日本の「リベラル」が自由主義的なリベラルでなく、左派・社会主義者であることを示している。

そういう左派・革新政党が昭和時代においてある程度支持されたのは、人々が貧しい間は、「食い物をよこせ」という切実な問題が目前にあるため、多様な価値観は表立ってこないことによる。貧しくて食うに困っている以上、とても自分自身の希望を言う余裕などなかったからだ。豊かで安定した世の中になると、今度は人々が持つ多様な価値観が重視されるようになり時代にそぐわないものとなった。

その一方で、80年代末には東側の経済が立ち行かなくなり、共産主義政権は解体してしまった。ある意味、社会主義・共産主義の敗北が決まった瞬間である。日本における革新政党は、バラ撒き行政の受け皿という側面もあったため、一気にその存立基盤を失うことにはならなかった。以来30年近く、左派・革新政党はじわじわと弱体化し、貧しい時代へのノスタルジアを持つ中高年・シニア世代だけが支持する存在となった。

このように「上から目線」「唯我独尊」こそが「リベラル」「市民派」の実態である。私は、多様性の尊重を最も重視し実践しているので、思想信条の自由を重視し自分の意見を相手に押し付けないのであれば、右でも左でも中道でも等しく扱うし、どんな宗教の信者であっても敬意を持って扱う。ただ、相手に自分の意見を押し付けたり、自分と違う意見を持つ相手の存在を否定したりする独善的な人間には「倍返し」である。

自分が相手の存在を認めないのだから、それはとりもなおさず「相手に喧嘩を売り攻撃している」ことを意味する。その結果、自分達の方が攻撃され立場がなくなったとしても、自業自得である。これがいわゆる「ブーメラン効果」。人を呪わば、必ずやその呪いは何倍かになって自分に返ってくる。多様な意見が、互いに干渉せず、それぞれ勝手に生きていける世の中が一番いいのである。

しかし、そういう社会では自助努力をし自分のケツを自分できちんと拭ける「自立・自己責任」の人間しか生きて行けない。なんでも他人頼りにして責任を面倒を見てもらわなくてはなにもできない「甘え・無責任」な人達は、居場所がなくなってしまう。だからこそ、画一的で風除けが多く、無責任に甘えられる社会を理想とするのである。

いままでは経済成長のお陰で、このような自分勝手で実は他の皆に迷惑をかけているような生き方も、それなりに許されてきた。しかし、とうとう終りである。元来マルクスの理想は、「能力に応じて働き、働きに応じて受け取る」社会であった。キチンと考えればわかるのだが、マルクス自身、「他人のために奴隷になること」を否定すると同時に、その対偶命題として「他人に甘えて無責任に生きること」も戒めているのだ。

奇しくも、来年はカール・マルクス生誕200年である。元来、ビジョナリストの哲学者であったマルクスの思想は、政治により歪められ続けてきた。グローバルには「鉄のカーテン」が崩壊した後も、30年に渡って日本では歪んだ政治思想が受け継がれ続けてきた。そして、そのような悪弊にもついに引導が渡されることになった。これに「市民」とか「リベラル」とか「弱者」とがが、誰もが笑って眺める「死語」となることを願いたい。


(17/11/03)

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