新階級社会






情報化が不充分なまま処理すべき情報の量が増大した産業社会においては、情報処理は人海戦術に頼らざるを得なかった。このため組織の人員が増加し、こんどはその人や組織を維持・運営するためのスタッフが必要になってきた。このためにはテクノクラートというか能吏を登用し、組織の維持・運営のために重用する必要があったから。こういう前提条件があったからこそ、秀才が重宝されるようになったのだ。

知識の豊富な秀才は、いわば人間コンピュータである。AIの時代になり、コンピュータにはデータベースを検索するだけでなく、それを組み合わせて推論する機能が加わった。知識の量も、それを組み合わせて答えを導く速さも、すでに生身の人間ではかなわないレベルに達している。中央官僚に代表されるような、産業社会において秀才が担わされていた職務は、コンピュータシステムで対応可能である。

もっとも、情報エントロピー理論を持ち出すまでもなく、AIシステムはすでにそこにインプットされている情報を組み合わせる中からソリューションを導き出すので、無から価値を生み出すことができない。この部分は人間にしかできない。乱数的に今までにないものを発生させることは技術的には可能だが、それが人間にとって付加価値のあるものであるかどうかは、人間が判断しなくてはならない。

機械にそれを判定させるには、過去の事例から人間がどう反応するかという情報を元にする必要がある。この時点で、過去になかったインパクトに対して過去になかったような反応が返ってくるという評価はコンピュータからは出てこないことがわかる。ここにジレンマがあり、それが構造的に乗り越えられないものである以上、現状のようなコンピュータシステムを前提とする限り、ここには明らかに壁がある。

このように、会社などの大組織の中で情報処理や組織運営を人間マトリックスの中で行っていた部分は、確実にシステムで置き換わる。具体的には中間管理職はいらなくなる。とはいえ、肚をくくって自分の責任で戦略を決断するリーダーはどこまで行っても必要だ。戦略とは合理的に導き出されるモノでなく、生々しい欲望が生み出すものである以上、AIには戦略を立てることができないからだ。AIに出来る戦略は、日本企業特有の「戦略という名の戦術」だけである。

その一方で現場においても、人対人の部分はゼロにはならない。機密情報を手に入れようとすれば、システムをハックするより、人間を攻略する方が圧倒的に楽なのは、インテリジェンスにおける常識である。費用対効果の視点があるのなら、こういう作業はAIでシステムをハックして情報を入手するより、人力で相手の「弱い人材」を落として情報を入手する方が格段に効率がいいわけであり、そのための手足となる人員は必要になる。

このように、AIに指示されて「対人工作」を行うべくその手足として動く人間は必要となる。戦略を立て、そこに向かってリソースを集めて投入すべくAIに向かって指示を出す「リーダー」となる人間もまた必要である。キャリアの頂点の一握りとノンキャリアの一部は、機能として人間がやらざるを得ない。軍隊で言えば士官はいらなくなるが、いわゆる「兵隊さん」は最低限どうしても必要なものがある。AI化が進めば、軍隊はいわば「将軍と兵隊」だけで成り立ってしまうようになる。

こういう形になるので、言われたことしかできない人間も恐れる必要はない。ある種のコミュニケーションスキルは求められるが、無から自分で何かを考え出したり創り出したりできない人間であっても、そこそこ需要はあるのである。もっともコミュニケーションスキルのない人間は、すでに産業社会のレベルにおいても、機械によって置き換えられている。人間工作機械のような単純な職人は、20世紀末の段階で既に無用な存在となってしまっていた。

これによって「コンピュータの上と下」という形で新たな階級が生まれることは確かだ。しかし恐れることはない。コンピュータは人を取って食おうとしているのでもないし、人のやるべきことが全くなくなってしまうこともない。「努力すれば報われる」世界は、全てAIに持って行かれるというだけの話である。大事なのは発想を変えることである。上を目指さなくなれば、大したコトではない。すでにそういう世の中になっているではないか。

産業社会のように右肩上がりの高度成長に乗って、ちょっと頑張れば明るい未来が開けるというのがバブルだったというだけだ。これからは持って生まれたもので勝負しなくてはならなくない。それだけに生まれながらに背負った「性」や「業」を受け入れ、それを活かしたり背負ったりして生きていくことができればいいのだ。何も問題がない。恐れることなどないのだ。

(19/04/26)

(c)2019 FUJII Yoshihiko よろず表現屋


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