就職の意味






このコーナーでもすでに何度か取り上げて分析したように、日本的経営の特徴として知られている「新卒一括採用」が行われるようになったのは、そんなに昔のことではない。このシステムが出来上がったのは、高度成長期に右肩上がりの景気に合わせて事業を拡大しようとしても、採用できる人材が限られていたため求人難となり、そのような中でできるだけ社員を確保するためであった。

当時は情報化が進んでおらず、情報処理に関する事務作業は、人海戦術により労働集約的に対応する必要があった。このため事業規模が拡大するのと比例する形で、本社のホワイトカラーの事務要員が求められた。同様に工場においてもラインのオートメーション化は始まっていたが、それを管理制御のは人手に頼っていたため、生産の拡大とシンクロしてこちらも人材が必要となっていた。

この当時においては人海戦術こそ成長のカギだったのだ。従って大卒のホワイトカラー、高卒のブルーカラーともども、学校を卒業すると共に企業が唾を付け、終身雇用制度により囲い込むことで、必要な人員数を確保する制度として「新卒一括採用」が生まれた。こういう制度は一社がやると対抗上皆始めざるを得ないので、日本の企業のほとんどがこのやり方で社員をリクルーティングするようになったのだ。

そういう意味では70年代のドルショック・オイルショックで高度成長がつまづき、その余韻とも言えるバブルも崩壊した90年代以降に至って、そもそも企業が「新卒一括採用」をしなければいけない理由はどこにもなくなっていた。しかし、20年以上にわたりその制度を続けてきたがゆえに他の社員獲得法がわからず、形式的に惰性で続けてきたというのが、高度成長時代の名残が残っていた理由である。

ましてや今は21世紀。社会の情報化も驚くほど進んだ。企業にとって頭数が勝負な時代は、とっくの昔に終わっている。それどころか、今や企業活動に必要とされる作業のかなりの部分がコンピュータシステムにより処理できるようになり、人が必要とされる部分はごく限られたものとなった。それは自分の責任で戦略を決定するトップと、対人ビジネスを行う末端の部分だけだ。それ以外のところはAI化されたコンピュータシステムの方が余程効率的にこなせる。

どうでもいい人間でも頭数さえ揃えればよかった時代は、組織に甘えたい「甘え・無責任」の男性を揃えた大企業が成り立った。言われたことを言われたとおりにこなすことが職務であり、求められていたコンピタンスだったので、こういうタイプの人間でも使いどころがあったのだ。昔で言う「機械の歯車」、今流ならば「コンピュータの素子」というところだろうか。ただそういうニーズは、20世紀と共に終わっている。大企業自体が、もはや過去の存在なのだ。

このように大企業の強みは、でかい組織による「人海処理能力」の高さと、資金調達力にあった。今の時代、事務処理や生産管理はコンピュータでこなせるので、そこに大きな組織は要らない。CADで設計さえすれば、EMSでも何でもその通り作ってくれる工場は世界中にいくらでもある。コンペに掛ければ、生産者はいくらでも入札してくる。クリエイティブな発想ができる人間は、自分で創業すればいいだけのことだ。

その一方で資金調達の敷居も、今や低くなった。昔のように銀行に頭を下げてお金を借りる必要はない。世の中は金余りなのである。儲け口があったら乗りたいという人はゴマンといる。投資家やファンドの投資も、個人の金を集めるクラウドファンディングも、資金調達の手段はいくらでもある。良いアイディアさえあれば、確実に創業資金は調達できる。企業や組織にすがらなくでも、やりたいことは容易に実現できるのだ。

日本企業はトップマネジメントと、同時期に入ったホワイトカラー、ブルーカラーとの年収差が極めて小さいことで知られていた。人海戦術でこなすからこそ、ある意味社会主義的な悪平等性を取り入れないと、大人数の組織を動かすことができなかったからだ。ここが付加価値を生み出す人間と、言われたことをやるだけの人間とで処遇を全く違えている欧米の企業と違うところだ。

そういう意味では、今後は日本でも「自分で創業する付加価値を生み出せる人材」と「結局組織に甘えることでしか生きていけない人材」とが峻別されることになる。ある意味グローバルスタンダードがそうなっているのだから、好むと好まざるとに関わらず、そうやっていかない限り生き残れない。これはある意味で階級化だ。創業を考える「自営階級」と、就職したがる「宿り木階級」。学生も早いうちから自分はどちらなのか考えておかないと生きてゆけない時代がそこまで来ているのだ。

(19/05/24)

(c)2019 FUJII Yoshihiko よろず表現屋


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