JCO事故と日本人のサガ




茨城県東海村のJCO工場で、臨界事故が起こった。被害が最小限に済んでよかったが、要は手抜きミスにより引き起こされた事故だった。きちんとマニュアル通りやっていれば起こり得ない事故だ。この事故を引き合いにだして、マスコミは安全神話の崩壊とか、日本の落日とか騒いでいるが、そんなことはない。典型的な密室での手抜き作業により引き起こされた事故と考えれば、こっちが日本の本質だ。ヒトが見てなければ、勝手にやりまくる無責任さこそ日本人。それを防ぐための二重三重の防護策があってはじめて安全が保たれる国だ。

日本人がきちんとやるのは、相互監視のシステムが効いているときだけ。狡猾でモラルのない日本人が、きちんとルールを守るはずがない。過去の日本がきちんとしていたのは、その相互監視システムがあったからだ。しかし昭和に入って軍部が幅を利かせ出した時代から、このシステムがおかしくなった。まず暴走しだしたのが軍自身だ。そして次に、軍の中では個人の自制が効かなくなる。アジア侵略で、略奪と虐殺、強姦の限りを尽くしたのも、ひとがみていなかったからだ。当然の成り行きといえる。

誰が見てるかわからないから、信号を守るし、勝手に人の物も拝借しない。誰も見ていないことがわかれば、たちまちモラルはゼロに落ちる。夜中の信号を守る人はいない。田舎に行けば、クルマで居酒屋に飲みに行くのは常識だ。一万円札が落ちていて、絶対にばれなければ、日本人なら絶対に猫ばばする。誰もがこれには納得するはずだ。そしてこれこそが日本人の本性に他ならない。安全神話などどこにもない。モラルをキープするためのシステムを必要とするからこそ、表にでる部分では安全も確保されたという結果論過ぎない。

セキュリティーの壁で守られているブラックボックスの内側は、ばれないという意味では無法状態だ。原子力関係など、この典型的な例だ。物理的にも密室状態になっている。これなら、日本人なら手抜きの誘惑に駆られない方がおかしい。今回は放射能が漏れてしまったのでバレたけど、バレない限りそのまま続いていただろう。最近続出している警察の不祥事も、これと同じ原因構造を持っている。警察というのも組織の壁に守られ、一般社会からは隔絶した密室構造だ。そうなれば、その中ではモラルの腐敗が起こるのが人情というものではないか。

そういえば、続発する山陽新幹線のトンネル崩壊も手抜きの典型だろう。国鉄の赤字が極大化し、モラールが最低だった70年代に、突貫工事で作られたとあっては、マトモな作業が行われることを期待する方がおかしい。あの時期の旧国鉄のいいかげんさは、当時を覚えている人にとっては鮮烈な記憶がある。そう考えてゆくと、日本の工事など、半分以上手抜きではないか。ビッグプロジェクトも、個人の家も。施主が付きっきりで見ていない限り、みんな手抜きをする。これは阪神大地震ではからずも露呈した。結局はそういう国なんだ。誰も信用しないし、できないし、という。

アメリカ人とか、ヒトが見ててもきちんとやらない面はあるけど、見てようと見てまいとやることは同じ。そこに差や裏表はない。彼らは、マニュアルがないとなにも仕事ができない分、ヒトが見てなくてもあるレベルマニュアルは守る。Y2K問題がより深刻なのも、彼ら自身がその場で考えて処理する能力にかけているからだが、この問題は逆に日本人の「知恵」が裏目に出ている。日本人は多少器用な分、悪知恵で工夫してごまかせるところ、手抜きできるところを見つければ、たちまち手順を「カイゼン」して、自分勝手なやり方でこなしだす。

日本は、西欧から近代国家の概念をなかば押しつけられる形で、国際社会に投げ出された。それまで「国」といえば、各藩を意味していたように、日本という島の中に、多様な国があった。その上に将軍の王権がのっていたのが、近世日本の特徴だ。ヨーロッパのような意味での民族国家じゃない、虚構のまとまりだ。だから、みんな心の底では疑心暗鬼。知らないヤツはどろぼうと思ってるし、思われてるならどろぼうしなきゃ損だってことだ。これじゃいつまでたってもマトモにならない。

国際化だ、グローバルスタンダードだというが、こういう裏表のある、見てないトコではどんなズルするかわからんヤツじゃなくて、ちゃんと自己管理能力を持つ人間になることが、なにより国際化の第一歩ではないのか。こんな自分勝手な連中、世界は相手にしてくれない。見てなくてもきちんとやれなくちゃ。それも、ある種の監視機構をビルトインして実現するのではダメ。そのためには意識改革が必須だ。それができなくては、いつまでたっても国際社会で一人前の国として認められない。国連のPKOに参加だ、常任理事国だといっても、マトモなことがマトモにできないような人間があふれている国じゃダメ。こっちが先だ。

しかし、起こっちゃった事故に対して責任だなんだとグチュグチュ後ろ向きに責める体質、これも何とかしてくれないかな。日本人の悪いところだろう。責任はきちんととらなくちゃいけないのはもちろんだけど、大事なのは反省の方だ。起こったことは起こったこと。そこで得た経験を生かして、同じ失敗をしないように前向きに努力することが大切だ。救いようのないいいかげんさは確かだけど、それなら、今後は一切そういういいかげんをヤメるようにすればいいだけの話。

幸い被害は最小限で済んだのだから、これを他山の石としてきちんと今後に生かせばいい。今後二度とこういう手抜き事故は起こさない。起きないように内部に相互監視機能、牽制機能をきちんとビルトインする。そういう対応こそ正しい。だから原子力は恐いではもってのほか。今後はこういう手抜きを一切なくして、きちんとすれば一層事故は起きなくなるし、そういうポジティブな方へ経験を使えばいいだけだと思うのだが。日本がこういう国になるのは、道はまだまだ遠いのかな。

(99/10/15)



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