アブラハム一神教の系譜図





中東を起源とする一神教のユダヤ教・キリスト教・イスラム教は相互に関連が深く、これらの宗教は宗教学的に一くくりにして「アブラハム宗教」と呼ばれている。これはアブラハムが旧約聖書の創世記にノアの洪水後に神により最初に選ばれた預言者として記されており、そこから唯一神による人類の救済が始まったという信仰を共通して持っているためである。アブラハムの宗教的伝統を受け継ぐためである。アブラハムはこれらの宗教では「信仰の父」と考えられている。

初期のイスラム教においては、ユダヤ教・キリスト教とイスラム教は立場が同じであることが強調されており、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の信者は、同じく「啓典の民」とみなされていた。ちなみにアブラハムの墓はパレスチナのヘブロンにあり、どの宗教からも聖地とみなされていることから、この地を巡っては古くから紛争が絶えないというのは、いかにも皮肉な現象ではある。

ここで重要なのは、ユダヤ教の「聖書」とキリスト教の「旧約聖書」は共通部分もあるが決して同じものではない点である。さらにキリスト教でもカトリックと正教、プロテスタント各派では、「旧約聖書」の中身がかなり異なっている。その一方で、各宗派が共通に教典としている「モーセ五書」は、イスラム教においても啓典のひとつとして扱われ「タウラート」と呼ばれている。

このため一神教全体からもイスラム教からも遠い日本人には理解しにくいかもしれないが、イスラム教の教義でも、アブラハム(アラビア語ではイブラーヒーム)が全てのアラブ人の系譜上の祖とされ、神の祝福も律法も彼から始まるとされている。もっというとイスラム教では、アブラハム(イブラーヒーム)、ノア(ヌーフ)、モーセ(ムーサー)、イエス(イーサー)、ムハンマドが五大預言者とされている。

比較宗教学の観点では、古代インドの聖典であるヴェーダの信仰の流れを汲むバラモン教・仏教・ヒンドゥー教などの「インド宗教」、アニミズム的な土着信仰との習合や信仰より生活や道徳を重視する「東アジア宗教」と並ぶ三分類の一つとして位置付けられている。これはキリスト教至上主義で他の宗教を「邪教」として扱う、19世紀までの宗教観から大きく進歩したところである。

アブラハム宗教の歴史は、常に前の「預言者」の教えを全て絶対神の教えとして受け入れる一方、新しくあらわれた預言者の教えをより重視し、その新しい教義の中に組合せて取り入れるところにある。従って神の言葉をまとめた聖典としては、キリスト教では神の子であるイエス以後の神との契約と歴史を記した「新約聖書」に、イスラム教では最後の預言者であるムハンマドに下された啓示をまとめた「クルアーン(コーラン)」に重きを置くこととなる。

しかし、神が唯一絶対である以上、その教えは矛盾しない。ここが一神教の一神教たる由縁である。このような構造を持っている以上、後から出てきた宗教は前の宗教の教義を内包していることを意味するため、一神教における宗教対立は、より古いものが新しいものを攻撃するというベクトルを持っている。ユダヤ教とキリスト教の関係もそうだし、キリスト教とイスラム教の関係もそうである。

実際、イスラム教による伝統的な呼び方ではユダヤ教およびキリスト教徒は「啓典の民」となるし、初期のイスラム世界では税金を納めることでこれらの信者との共存を図ってきた。もともと「アブラハム宗教」という言葉自体が、啓典の民を示すコーランの中の言葉から引用されたものである。個々の聖典の詳しい教義まで理解することは難しいと思われるが、アブラハム宗教がこういう伝統と系譜図を持っているという事実は少なくともわかっているべきであろう。


(20/02/21)

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