村八分と魔女裁判





新型コロナウイルスが世界的に流行しだしてから、中国の武漢が発生源ということから、中国人を感染者とみなしたり甚だしきはウイルスそのものにたとえたりする中国人差別が、特に欧州に於て顕著に見られるようになった。この現象はヨーロッパ人から見て区別がつきにくいことから、日本人や韓国人を含む東アジア人全体への差別につながり、かなりヒステリックな状況になっていることが見てとれる。

確かに日本は中国と近く密接な経済・社会活動上の繋がりがあるため、比較的早くから患者が発生したり、多くの日本人が武漢に駐在していたりしたため、初期の患者の発生は比較的早かった。とはいえ、今やイタリアやフランスの方が感染の広がりは深刻な状況である。それであっても、やはりアジア人に対して反発の意識が強く働くのは、その根っこにアジア人への差別意識が強く存在しているからに他ならない。

これはある意味、ヨーロッパの歴史的な背景を見てゆく限り仕方がないことであることがわかる。一つはやはりここが一神教であるキリスト教の信仰を背景とした地域であることだ。すでに何度も論じたように、キリスト教のような一神教は善悪二元論に基づいているため、異分子をその存在から否定する方向に向かいやすい。要は「自分と違うものは悪魔として排斥」したがるのだ。当然、異教徒で人種も違う相手は、そもそも人間と思っていないのだ。

その矛先は同じ共同体の中にいる人間に向かうことさえある。その典型的なものが中世の「魔女狩り」である。そしてその究極の目的は「異質な存在を抹殺する」こと。すなわち異教徒も魔女も悪魔であって人間ではないので殺してかまわないし、殺さなくては自分の命が危なくなる相手として認識するのである。これは一神教が本質的に持つ「異教徒」観に基づいている(一神教間の宗教戦争は、セクト間の正統派争いが本質でありまた異質なもの)。

そしてこれとセットになっているのが、狭い地域の中に多民族・多文化・多宗派が鬩ぎ合って並存しているという地政学的な特徴である。バルカン半島など典型的だが、旧ユーゴスラビアは人口は高々2000万人強面積も狭いと言われる日本の2/3もない国だったが、そこが6つの国に分かれた上にそれぞれの国の中で内戦を始めるという、まさに「アイデンティティー獲得のための抗争」を繰り広げることになったのは、ベルリンの壁崩壊を知っている世代にとっては、まだ生々しく記憶に残っている。

ある種の「性」として、異質なモノを見ると排斥し、果てはリンチしてぶち殺してしまうのだ。いつも指摘していることだが、ナチスのユダヤ人差別も「ナチスがドイツ国民を武力で脅して、ユダヤ人差別を強要した」のではなく、「中世からドイツ人の中に根強くあったユダヤ人への差別意識を、政権奪取の手段として利用した」ものである。ヨーロッパがキリスト教圏であり、多民族・多文化・多宗派の混在地域である以上、この宿命から逃れることはできない。

一方日本においても、差別そのものは中世以来根強くある。それはそれで問題があるし、改善することが必要であるが、そのためにも日本の差別の特徴をしっかり理解する必要がある。日本の差別の構造を典型的に示しているのは「村八分」である。諸説あるが、江戸時代の集落における差別である「村八分」は村八分は、江戸時代から行われた習慣である。差別した相手に対し、他の集落の住人との交渉事を断つことを意味する。

しかしなんで「八分」なのかと言うと、シカトして付き合わないとはいっても、十種類ある交際すなわち「冠礼・婚礼・葬祭・出産・病気・建築・水害・火事・年忌・旅行」のうち、葬祭と火事の消火活動の二つだけは例外として交渉を持っていたからである。ここが一神教ではなく八百万の神の国らしいところで、いかに差別しいじめていたといっても、相手の存在の全てを否定し、命まで奪おうということにはならないのだ。

ある意味、相手を全否定していないというこのスタンスは、ヨーロッパの差別意識に比べればまだ救いがある。要は、八分を七分、六分と下げて行き、ここだけは譲れないという「村一分」にまで持ってゆければ、その「一分」の違いさえ見えない環境にすれば、共存は可能ということを意味する。これは最初から相手を殺す気の一神教の信者とはかなり違う出口である。

同時に、八百万の神の平和性から見た一神教の好戦性という問題もきちんと指摘する必要があるだろう。大航海時代以降の世界の戦争・紛争は、みな一神教の側が相手の多様性を認めないために引き起こされたものである。しかしこの一神教の持つ危険性については、その張本人たる欧州人は自覚していない。これを指摘するのも我々に課された役割であろう。それが虎の尾を踏むことになってしまうのかもしれないが、


(20/03/13)

(c)2020 FUJII Yoshihiko よろず表現屋


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