シュレディンガーな人生





どうも世の中には、統計的・確率的に物事を捉えられる人間と、個別的にしか物事を捉えられない人間とがいるようだ。新聞記者に特に多いように思われるが、統計的な数字の意味がわからず、とんちんかんな解釈をしてしまう人が日本人にはかなり頻繁に見受けられる。血液型占いなど最たる例だろう。民族等集団毎の血液型の分布の違いがあるのは確かだが、それを一人一人の個人に当てはめることはできない。

言い方を変えると、統計的・確率的に物事を捉えられるか、個別的にしか物事を捉えられないかという違いは「人間の集団」をどうとらえるかということにも繋がる。個別的にしか捉えられない人ほど、「日本人は」とか「白人は」とか集団の特性についても画一的に捉えがちである。日本人の中にもいい加減で調子のいいやつはいるし、イタリア人でも真面目な性格の人はいる。

集団という概念は、その中での多様な揺らぎを含めたまま全体を捉えて初めて成り立つものである。すなわち、統計的・確率的と個別的の違いは、多様性を認めるのか認めないのかということにも繋がる。これはそもそも統計という考え方自体が、集団における多様性を前提としているからだ。白か黒かしかない碁石や一神教のような世界には、統計的な考え方は必要ない。数学的手法を使わなくとも、結果は一目瞭然だからだ。

確率的な捉え方の行き着くところは、量子力学、つまりシュレディンガーの猫である。理系の学生の中にも、量子力学の考え方にすんなり入っていける人と、どうしても理解できない人がいるが、これもどうやら統計的・確率的と個別的の認識の違いによるものであろう。量子力学的考え方こそ、多様性を認める極みである。生きているとも、死んでいるとも判断できない存在を認めることほど、多様性を認めるお墨付きになることはないだろう。

世の中、いろいろあるからこそいいのである。香山健一先生が作った臨教審の標語「画一性に死を」ではないが、人間社会は画一的であってはいけないのだ。だからこそ統計的考え方が重要になる。統計的な捉え方は、そういう意味では、一神教より八百万の神との相性がよさそうだ。是か非かのゼロ・イチなら、統計的手法はいらない。多様性を数値的にとらえるからこそ、統計が必要になることをまずわかる必要がある。

そもそも世の中は、「善vs悪」とか「正vs誤」とかいうように単純な二項対立ということはほとんどなく、いろいろな要素が複雑に絡み合ったスペクトラムになっている。その複雑な色相を読み取ることが世の中を見てゆく上では不可欠な能力となる。だからこそ統計的・確率的な視点が重要になる。統計的・確率的な視点を持たないと、正確な状況を把握し的確な判断を下すことができないからだ。

そういう視点からいえば、人生そのものも「伸るか反るか」の二者択一ということは実はありえない。もちろん結果からみれば、それが二つに分かれていたということはあるだろう。だがそれを最初から決め打ってしまっては、自らみすみすチャンスを潰していることになる。そう、単純な成功・失敗ではなく全ての確率的可能性を否定しないことこそ、充実した人生を送る上では重要なポイントとなる。

これを「シュレディンガーな人生」と名付けよう。確率的に成功しつつ、確率的に失敗する。その中で得られる結果の期待値が極大になるようにすればいいのだ。具体的には、最初から一本の道に絞ることなく全方位で取り組み、どの道を選ぶことになっても、その先にそれなりのゴールを設定できるようになることが求められる。こうすることで、自分ではコントロールできない周囲の環境要素に影響されることなく、自分が成功する可能性を高めることになるのだ。

「とんかつを食いたい」と決め打ってとんかつ屋を探しまくる人生もあるだろう。しかし、とんかつ屋があればとんかつだが、中華料理だったら青椒肉糸、蕎麦屋だったら鴨せいろ、ステーキ屋だったらリブステーキとか、それぞれ自分の満足できる「答え」を用意していれば、どういう展開になってもハッピーエンドにできる。それで思った以上においしかったりすれば、その方が決め打ちよりよほど幸福度が増すというものだ。

白黒二元論しかない一神教的世界からは、憎しみと殺戮しか生まれない。来るものは拒まず、去るものは追わず。「柔よく剛を制す」の考え方で、懐を広げておくからこそ、可能性も極大化する。善・悪、正・誤の二元論や、正解が一つしかないというソリューションは、右肩上がりの産業社会のアナログなやり方の帰結だ。すなわち無駄な競争を繰り返し、最後に残ったものだけが総取りするという、トーナメント方式のレッドオーシャンである。もはやそれが時代遅れであることは誰の目にも明らかだ。


(20/06/26)

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