食える国と食えない国





アフガニスタンで欧米勢力が支援していた傀儡政権から、タリバン勢力が政権を奪取して二カ月が経過した。まだまだ国情は安定していないが、正当な政権としてそれなりに国際関係を築こうという意思は感じられる。その一方で先進国からの批判は多い。確かに西欧先進国のキリスト教的価値観とは相容れない主張があることは確かなので、「列強」が批判したくなる気持ちは理解できる。しかしその前に、なぜタリバンがアフガンの国民から支持されているのかを考えなくてはいけない。

アフガニスタンはいろいろなルーツを持つ極めて多様な部族が、その地形の関係からそれぞれ独立した基盤を持って存在している地域だ。そもそも「国」というまとまりがあるわけではなく、何か求心力が働かないとまとまらないという業を負った地域なのだ。そして、そのまとまりを生み出す数少ない要素がイスラムの教えなのである。こういうこの地域特有の事情を理解することなく、アフガンにおいてイスラムがいかに重要な役割を果たしているかを理解することはできない。

その「国」においては、タリバンは力で無理難題を押し付けて支配しているのではない。そこに頼らなくては生きて行けない人が多いから支持されているのである。それが理解できず、それができなかったからこそ、19世紀以来の西欧列強の傀儡政権は支持を得られなかった。イギリスも、ソ連も、アメリカも、多額のコストと犠牲を払いながら、結局は何も得られずに撤退してしまうしかなかった。この事実は無視できない。

19世紀の帝国主義列強の蛮行もそうであったが、キリスト教圏の西欧先進国は、一神教特有の「自分だけが正しい」理論を持ち出して、自分達の価値観を違う価値観に根差す人々に押し付けがちである。まさにアフガニスタン対列強の構図こそ、この究極的な姿だ。それなりに生産力のあるエリアであれば、経済力が発展すればそれなりに、グローバル経済の中に組み込まれ、自国の経済が回り出すチャンスもある。しかしそれがない地域では単なる押しつけにしか見えない。

というより一番問題なのは、価値観の多様性を認めず、西欧キリスト教圏の価値観を押し付けることが「神の思し召し」に則っているとおもっているのだから困ったものだ。一神教は八百万の神と違って、「多様な価値観を認める」という発想も心の余裕もあり得ない。そして更に問題なのは、帝国主義列強だったり西欧先進国だったりする国は、基本的に豊かで生産力も高く、農業も牧畜もそれほど苦労せずに国民を充分に食わせることができる温帯の国であった点だ。

その一方で、その西欧的価値観を押し付けられた開発途上国は、多くの場合そういう恵まれた条件にない貧しい国である。農業も畜産も生業としてあるにはあるが、その気候の特性から極めて生産性が低く、温帯の国のように簡単に生産力を向上させることができない。ギリギリの自然条件の中で「何とか喰っていく」ことが精一杯の地域なのだ。そこにプロテスタンティズムの勤勉さを強要したところで、生産性が上がるわけではないし、何一つ改善されることはない。

それは温帯の先進国からは考えられない世界だ。その地域特性を考えずして、実効のあるソリューションを提案することはできない。アフガニスタンが列強の墓場として、介入したそれぞれの時代のスーパーパワーであったイギリス・ソ連・アメリカが、結局泥沼にはまって何も得るものがないまま敗退してしまったという事実が、それを如実に示している。そういう意味では、西欧的価値観から最も遠く、それを強要しても何も得られない究極の地域なのである。

先進国の豊かな人々から見ると、きっとそれらの貧しい国の人々は「かわいそうな人々」に見えてしまう。その結果、悪意はないだろうが「救ってあげよう」とgivingに走る。更に問題は、貧しいがゆえにモノがわかっていないと思うところだ。富を分け与えれば価値観が変わるだろうと思っている。だがそれは違う。人々は生きている風土なりに「幸せ」の形を作り、それを大切にして生きている。それがあるから、自分の生まれ育った土地に誇りを持ち、生きてゆく糧とできるのだ。

そもそも「富んでいるか、貧しいか」という軸と、「食えているか、食えてないか」は違う。貧しくても尊厳を持って生きている人々はいるのだ。食える国にはワガママしかない。食えない国には生きるか死ぬかしかない。生きている幸せをかみしめているのだ。死ぬしかないなら、自爆テロも当り前だろう。希望がない以上、それが唯一の希望だからだ。そういう構造の違いを判らずに、価値観を押し付けても何も始まらない。多様な価値観を認め合って、自律自決を尊重することこそ、これからの社会においては大事だのだ。


(21/10/15)

(c)2021 FUJII Yoshihiko よろず表現屋


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