実利政治





東アジア文化圏の特徴として、政治権力に対して「面従腹背」が基本的なスタンスとなっていることがあげられる。日本でも「タテマエとホンネ」としてある程度はその傾向が見られるが、中国や韓国と比べれば「お上より身内」という意識は明らかに薄い。それだけでなく、政権に対して敵対意識ではなくそれなりの期待と帰属意識をもっていることは、コロナ騒動での「要請」に対する態度からも見てとれる。この違いは一体どこから来たのだろうか。その歴史についてみてみよう。

中国では「上に政策あれば、下に対策あり」というコトワザがあるように、そもそも庶民には国家に対する忠誠心など存在していない。それでも国がバラ撒きを行っておいしい目にありつけている間は面従腹背で表面的にはヘーコラするものの、国の財布が底を尽きバラ撒くものがなくなってしまえば、サッサと逃げ出してしまう。そもそも「金の切れ目が縁の切れ目」でなのである。同様に戦争でも兵隊に忠誠心がないので、より条件のいい軍の方についてしまうので、弾を打つ前に決着が着いてしまう。

事実、中国の歴史を見てみると、各王朝の末期には蜘蛛の子を散らすように中原から人々が逃げ出し、王朝の支配地域の人口が激減するという現象が起こっている。まさに「愛想をつかして出て行った」ワケである。残った人も「まつらわなく」なってしまう。王朝が滅びることを「天命が尽きる」というが、まさに天命とは配下の人々を繋ぎとめている「バラ撒きの絆」に他ならない。そして、別の財布からバラ撒きを行って庶民の支持を得た新たな皇帝に天命が降りる「革命」が起きることになる。

中国共産党が長征で農民の支持を得たのも、他の軍閥のように農民から収奪することをしないだけでなく、食料を農民にバラ撒いたからである。そういう意味ではまさに中国共産党と中国人民の関係もこの王朝と庶民の関係そのものであり、共産党政権も中国の王朝の伝統に乗っかっているといっていい。余談だが、そう考えると昨今の習近平主席の「締め付け」も人々にとっては「対策あり」で、経済の中心が共産党王朝の支配の外側にある「黒社会」のアンダーグラウンドに移るだけのことである。

つまり東アジアにおいては、国家権力とはあくまでも名分論の問題なのだ。実際に支持されているかどうかということではなく、社会の上に遊離した「お飾り」として載っからせてもらえていれば成り立ってしまうのだ。国家権力と庶民とは全く遊離したままなのだ。これに対して、日本においては「お上」と「庶民」は持ちつ持たれつの微妙な関係を保っている、極めて現世利益的な国家権力になっている。その理由は両者の歴史を比べてみればわかる。これはひとえに江戸時代の市民社会の影響なのだ。

東アジアで、近世に市民社会が成立し大衆文化が花開いたのは日本だけである。江戸時代においては、確かに支配階級である武士は多分に名分論的な存在ではあったが、庶民にとってもその権力構造は利用しがいがあった。さらに財力という面では圧倒的に庶民の方が強く、大名も豪商から金を借りなくては藩の経営ができないし、年貢や各地の名産物を現金化するのも商人の財力と流通網に頼らざるを得なかった。ここに互いの立ち位置の違いから、持ちつ持たれつの関係が生まれた。

一方で「お墨付き」を与える存在として、庶民にとっても「お上」は便利な存在である。このため、豪商にとっても便宜を図るメリットは大きかった。これはまた一方で近代に入ってから、許認可権限を増やして利権を拡大したい官僚と、許認可を既得権としてカルテル的な障壁として活用したい事業主との間で、談合的な利権構造を生み出す土壌となったことはいうまでもないだろう。悪代官と癒着する悪徳商人は時代劇の定番だが、それがウケるのはその構造自体が今も継続しているからに他ならない。

ある意味、日本における政治権力のあり方は、このような「持ちつ持たれつ」な関係をベースとしている。賄賂は世界中どんな国でも見られるが、こと日本においてはそれは特別な意味を持ってしまう。庶民が権力を「利用」しようという意志を持っている以上、「政治と金」の問題は単純な「袖の下」のような金欲の産物としてだけでは捉えられず、もっと本質的な構造的問題を含んでいると見なくてはいけないだろう。

いずれにしろ「実利」という部分で、権力と大衆とがどちらもおいしい思いをできるシステムというのが、日本の政治権力の特徴である。これを分析するためには西欧近代における政治の分析手法では不充分である。近代における経済のあり方を規定したマックスウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」のような形で、日本の政治における実利指向のあり方を考える必要があるだろう。


(21/11/05)

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