豊かな階級社会





近世までの階級社会だった時代の問題点は、階級制という構造にあるのではなく、当時はまだ産業革命以前の時代で生産力が低く、社会全体がまだ貧しかったことに起因している。貧しいがゆえに庶民にまで分け前が回ってこなかったものが、フランス革命のようにその不満のはけ口が当時の政治体制であった絶対王政に向かったという歴史的経緯があるゆえに、諸悪の根源を階級社会という体制に求めがちである。

しかし、所属する階級が固定されていることと、社会の多くが貧しいこととは全く異なる事象である。庶民が貧しさから脱するのは、その後産業革命を経て著しい経済成長が始まってからである。そして貧しさが解決し大衆社会が確立するのは、20世紀に入ってからのことである。その時点まで王政の打破から100年以上の年月がかかっている。これを見ても、貧しさの問題の原因は生産力にあったことが見て取れる。

ただ近代以前の社会は、階級社会であると同時に貧しい社会であったため、この二つは関連付けられて解釈されがちである。それだけでなく、政治において議会制民主主義が定着しつつあった19世紀においては、権力を求める政治運動の中で無産者階級を味方につけることでその「数の多さ」を力にしようと、意図的にアンシャンレジームと「搾取」を結び付けるプロバガンダが広まったことも、あえて本質の違う両者を混同して扱う要因となった。

階級社会はひとえに社会構造の問題であり、貧しい社会は生産力や経済力の問題である。実はこの両者は、全く関連のない別の事象なのだ。そして歴史的な過去においては、産業革命を画期として「貧しい階級社会」と「豊かな大衆社会」しか経験していないというだけである。従って「貧しい大衆社会」も「豊かな階級社会」も人類社会の選択肢としては存在し得る。

階級社会だから収奪されて農民が貧しかったのではなく、そもそも社会全体としての生産力が低く、「富」は金銀財宝のようなスタティックなものであった。産業革命以前で農業も低収穫な状況では、そもそも富を「生産」することができなかったのだ。この時代の富は、戦争により他国から略奪するか、帝国主義により植民地から奪取するか、どちらかしかない「ババ抜き」状態だったのだ。この社会構造と経済力の混同が、産業社会の目で近世以前を見るときに嵌りがちな落とし穴である。

産業社会においては、初期においては生産に携わるブルーカラー的労働力、オートメーション化・大量生産化が進んだ後期においては事務管理に係るホワイトカラー的労働力が大量に必要とされた。「頭数」が重要であり、これを確保できることが経済的に優位に立ち競争に生き残るためのカギとなっていた。ここから産業社会特有の「数こそは正義」という指向が生まれ、社会的意思決定においても民主主義が重用されることになる。

フラットな大衆社会とは、大量生産・大量販売が生産の基本となった産業社会に最適化した社会構造であった。世の中が情報社会に移行すれば、いつも主張しているように、人間は少なくとも「コンピュータシステムを使う人」と「コンピュータシステムに使われる人」の二つの身分に分離する。社会インフラも充実しているし、個人を取り巻く環境も極めて豊かな民度の高い状態の中でこの分離が起こる。民度が高い状態における「身分制」というのは、まだ人類史上経験のない世界である。

一般のビジネスマンの8割以上がロールモデルを持っているのに、ベンチャーを興した起業家の9割近くはロールモデルにしている人はいないというアメリカの調査がある。さらに同調査では一般のビジネスマンのロールモデルとなっているのが先輩や成功した先達なのに対し、一割しかない起業家のロールモデルのほとんどが、両親・祖父母・兄弟といった親族なのである。誰かのマネでない自分らしさを作るのも、家族の影響も、これは全てミームである。

企業家精神を生み出すものは、生まれ持った才能は当然として、ミームの影響が大きいのだ。これはとりもなおさず「どういう環境で生まれ育ったか」が違いを生むということである。情報社会においては「他人のマネ」は全く意味を持たない。それは機械仕掛でいくらでもできてしまう。今までにないモノをゼロから生み出す力が求められる。それはまさに「生まれ育った環境」の違いの賜物なのだ。

情報社会のバックグラウンドは、産業社会とは異なる。「数が力」ではない。柔よく剛を制すではないが、数には劣っていても情報と情報システムとをうまく使いこなせた方に勝利の女神は微笑む。そしてそのような能力の差は、「生まれ育った環境」により決まる。かくして個々人の能力と結びついていた「身分」は世襲的に固定化され、「階級」となってゆく。これが情報社会の基本構造である。そしてそれは、人類初の「豊かな階級社会」となるであろう。

(22/05/27)

(c)2022 FUJII Yoshihiko よろず表現屋


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