魅惑のリスク





敢えてリスクを取らなくてはチャンスは得られないし、ひいてはその成果も手に入れることができないというのは、古くから人間社会の「理」であった。とはいえ産業革命以降200年にわたって続いた産業社会においては、社会全体の経済規模が右肩上がりで拡大し続けていたので、かつての銀行預金の利子のようにリスクを取らずともある程度の成果を得ることができた。しかし21世紀に入り情報社会の時代を迎えるとともに、再び「リスクなくしてチャンスなし」が社会の絶対的なルールとなった。

それは、コンピュータやネットワークの進歩により「当たり前のことを、当たり前にやる」のであれば機械に任せたほうが、ずっと間違いなくかつ効率的に結果を出せるようになったからだ。このため、ノーリスクだったりローリスクだったりする作業はコモディティー化し、機械をぶん回すだけのものとなった。これとともに「チャリン・チャリン」といわれるような、システムの使用に伴って0.00何パーセントというような、最低限の利益しか生まないものとなった。

とはいえ機械は文句も言わずにものすごい速さで作業を繰り返してくれるので、単位時間当たりに換算すれば、そこそこの利益はもたらしてくれる。だがそれは人間の労働の対価足るようなものとはならない。かくして、機械ではできない「自分で肚をくくって責任を取り、リスクに賭ける」ことこそ、人間の役割となった。まだ誰も見たことがないチャンスに賭ける度胸は人間にしかないし、情報社会においてはそれこそが人間ならではの行動ということになる。

21世紀の情報社会においては、自分が全責任を負うことで向こう見ずにリスクを取れることこそ、最も人間の取るべきワザ、そして人間にしかできないワザであることが明確になったのである。ある意味、産業社会の桎梏から抜け出し、人類が持っていた本来の姿に戻ったということができるだろう。のほほんとローリスクに甘んじていてもそれなりに分け前があった産業社会が人類史上の特異点だったことが今解ったということだ。

理性で対応すれば、人間でも論理的なリスクヘッジから入ってしまう。それは、株式のトレーダーが仕手筋のようにリスクに賭けるのではなく、うまくリスクヘッジを掛けることによって利益を得ようとすることからもわかる。ある意味、そのやり方ならAIでも対応可能だ。実際、機関投資家等のポートフォリオチェンジなどは、AIに任せてリスクヘッジを掛けつつ、一定の利回りを確保することもそれほど難しくはないし、すでに実際にも行われている。だがリスクヘッジをかけている以上、これではハイリスク・ハイリターンは望めない。

このように、ある意味「理性の固まり」であるAIには無謀な夢は見れない。それは秀才に夢が見れないのと同じだ。理性からは夢は出てこないし、ゼロから価値を創造することもできない。秀才が創作が苦手なのは、これが理由である。誰も見たことのない夢を見れる人でなくては、無から付加価値を生み出すことはできない。秀才エリートの象徴とも言える高級官僚には、クリエイティビティーは皆無である。ビジネスにおいては、霞ヶ関が着目したら衰退期に入った証拠である。

すでに既存の知識から演繹的に考えて結論を出すという理性的行為においては、人間はコンピュータに絶対的に敵わないところまで来ている。「考える人」は、もはやいらないのだ。しかし、コンピュータにはできなくても人間にはできることがある。それは「瞬時に今までなかったモノを思いついて、すぐ決断できること」だ。情報社会において人間に求められている能力こそ、「瞬間のヒラメキ」である。

産業社会の時代においては、本人は新たに思いついたと思っても、実は既存の知識を統合しただけというものが多かった。それは、本当に閃いたものか、ロジカルに結論付けたものかを意識的により分けることをしなかったからだ。特に工学系のものは、過去の技術の積み重ねの上から出てくることが多かったので、これを切り分けることが極めて困難であったことも影響している。非常にユニークで革命的な「発明」も、既存の技術の統合とブラッシュアップによる「発明」も、特許としては同じだからだ。

ただ、芸術表現の世界では、今までの時代においてもこの違いははっきりしていた。無からのヒラメキを描ける人がアーティストであり、既存の手法やモチーフの組合せを越えられない人は職人であった。言い換えれば、表現者か模倣者かの違いだ。このコンピタンスの違いが、あらゆる領域で問われるようになるのだ。そして天才はアーティストであり、秀才は職人である。そしてリスクを越えるブレークスルーも、このような天才のヒラメキから生まれてくる。天才のヒラメキだけが、どんなリスクをも超えることができるのだ。



(22/09/30)

(c)2022 FUJII Yoshihiko よろず表現屋


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