平和な国の掟





日本人は、なぜか「負け組」を応援する「判官贔屓」が好きである。しかし判官贔屓ができるのというのは、島国根性ならではのお気楽さを示している。それは強いものにつかないと命の保証はなく、そのままのたれ死んでしまうのが大陸の掟だからだ。弱い者、負ける者を応援する余裕などそこにはない。ただただ勝馬をいち早く見抜き、そこに賭けることだけが生き残りのカギとなるからだ。負け組はそのままではいられないというのが、大陸国家の掟である。

その一方で大陸においては、歩いていけば自らと敵対する勢力の圏外に逃げられる。ましてや交通網が発達した現代だ。ヨーロッパに地続きの中東からテロを逃れた難民が大量に押し寄せてきたという事実を見るだけでそれは容易に理解できるだろう。つまり、「負け組」には「そこにとどまる」という選択肢がない反面、さっさと愛想をつかして抜け出してしまえば生き残りの道はいくらでもある。したがって、大陸国家の権力は常に人々を自分の配下においておくためには多くのエネルギーとリソースを必要とする。

その分、大陸に大国を打ち立てるには、相当に強い求心力を働かせなくてはならないことになる。スラブ圏ではそれはストレートに権力の強さだし、中華圏ではその強さは金の力だ。だから、大国になると何とかその求心力を維持しようと努力を重ねる。権力の強さが大国の証となるロシアが侵略好きなのも、この「強さの証明」が欲しいからゆえである。その「求心力」が弱まってくると、大国としての国力も弱まってくる。そして、さらに求心力が弱まるという悪循環に入る。

中国の歴史を振り返り、各王朝の最期がどうなったかをみればこれはよくわかる。中国ではバラ撒きの力、金の切れ目が縁の切れ目なので、国家の金庫に金がなくなると人々は配下から逃げ出して、より良い条件を出してくれる辺境の王朝にまつろうようになる。そもそも中国人には忠誠心というものが一切なく、常に金を多くばら撒く方になびく。だからスパイという概念がない。誰でも金さえ出せばその場で「乗り換え」てしまうからだ。

かくして、王朝の末期には中原には誰もいないという状況が現出する。周辺の夷狄の王朝の中で羽振りがよく配下に多くの者を集めたところが、ドンパチも無く悠々と中原に乗り込み、新たな王朝が誕生する。これが易姓革命である。旧王朝からは配下の民衆がみんな逃げてしまう一方、新王朝にはそれらの人々が集まっている。天が「有徳者に天子たるを命じ,無徳者に喪亡を下す」といわれるが、まさに天命とはこのコペルニクス的な転換に対して名付けられたものである。

中国の歴史の中では、ほとんどの王朝が夷狄出身なのも、この王朝交代の原理がわかっていれば納得できるだろう。中国の故事に「上に政策あれば、下に対策あり」というのがあるが、まさに上と下がバラバラで、上が弱れば下は逃げ出すし、その弱った上に変わって新しい上が登場して、それなりに庶民にメリットを与えるのなら、段々と人々はおいしさにひかれて戻ってくるということである。強ければ着き、弱ければ去る。これが基本的なルールなのだ。

そういう意味では、弱いモノを応援するのはノホホンと生きられる島国の余裕のなせるワザである。野党は政権の批判しかしないが、世界にこれだけ言論の自由がある国はないし、その政権のおかげで自由にモノが言えているという事実を知るべきだ。与党と野党は、お釈迦様と孫悟空のような関係ではないか。言論の自由は極めて大事である。しかし、それをキープできる余裕は、平和であってはじめてできるものなのだ。

かつての鉄のカーテンの共産圏がどうして出来たのか興味があった人には、この大陸国家の秘密はよくわかっている。別に共産主義でも社会主義でもなんでもなく、社会正義の主張はあくまでも強い権力に人々の支持を集めるための方便に過ぎない。バラバラでまとまりようのない大陸国家をまとめるための屁理屈としては、そういう「大衆の権力」とでもいうような虚構が極めて役立ったというだけのことである。ポピュリズムとして共産主義やファシズムが権力誇示に役立ったのは、20世紀の歴史が示している。

そこまで考えれば、日本の平和がいかに尊いものか理解できるだろう。平和ボケするくらい平和なのだ。そして本当に日本の平和を愛する人は、まさに平和ボケの真骨頂たる護憲派でも反戦派でもない。日本の平和を尊重し、それを守っているのは、最も日本という国を愛し、それを守るためにはどんな犠牲も厭わない人達なのだ。太平洋戦争時にの戦前の日本においては、エスタブリッシュメント層はほぼ戦争に反対したが、当時労農派といわれた無産者層は戦争を熱望した。その事実を忘れてはならない。



(22/11/18)

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