やる気のない人達





日本人の多くが、日本において近代社会が形成された歴史的経緯のせいで、今も根本的に勘違いしたままでいることがある。それは社会における組織と個人の位置付け、およびそれらの関係性である。そもそも西欧近代社会における「組織」というのは自分という「個人」対等に対峙する存在であり、個人とは組織の中に紛れ込んで匿名の一構成員となるものではない。あくまでもその関係性は契約に基づいた範囲にとどまる。

このバックグラウンドには、神の下に各個人が対等に存在するという西欧のキリスト教文明の考え方がある。個人と個人の関係は、神との関係において対等なものであり、その対等な個人同士が契約により結びついて出来るのが組織である。だからこそ、近代社会のおける組織は「ゲゼルシャフト」と呼ばれた合目的的な集団になる。これらをベースとして、近代西欧社会における「組織と個人のあり方」が生まれた。

日本においては、明治時代の文明開花の「追い付き・追い越せ」のスローガンの下、近代的な組織のあり方を受け入れる時間がなかったため、江戸時代以来の伝統的組織に近代西欧的な技術や理論を継木することで、促成栽培で産業社会を構築した。そこにおいては、技術や文明は最新・最高のものが取り入れられたが、組織を構築するための組織哲学や運営のための機能論には学ぶことがなかった。

このため、江戸時代以来の旧来の共同体形の組織が、近代の経済発展・産業発展の中核を担うという、日本独特の組織論が生まれることになった。これは江戸時代は近世とはいえ、経済や産業が同時代のヨーロッパを凌ぐほど発展していたため、「現銀掛値なし」で知られる越後屋呉服店のような江戸時代の豪商などの組織は、中世的な共同体組織とは異なりある程度の合理性や合目的性を持ち合わせていたからこそ可能だったことである。

このスキームが明治以降近代日本における組織のテンプレートとなった。官僚組織も軍隊も、江戸時代的な共同体組織のメンタリティーと哲学で組み立てられ運営されていた。「失敗の本質」もその原因を突き詰めればここに行き着く。戦略を持ち得ないのも、この共同体性のためである。戦略的な目的を明確にしなくでも、「組織であるための組織」としてつながり自体を目的化できるからだ。

こういう組織でも、経済が右肩上がりの間はそれなりに運営して結果が出せたからこそ、疑いも無く百年以上続いたわけである。しかし、組織の構成員である個人という面から見ると、このスキームは大きな弊害をもたらした。本来組織が個人対等に渡り合ってこそ、win-winになり組織も発展する。しかし、日本型組織においては、組織であること自体が目的なため、寄らば大樹の陰で組織に縋って守ってもらおうとする人が溢れてしまった。

つまり日本の組織人には、やる気が無く、言われたことをこなすだけの人が大半になってしまったのだ。ここにそもそも問題がある。追いつき追い越せのために、そういう「組織人」を大量生産してきた教育システムにも大きな罪があることは間違いない。自分で問題意識を持ちそれに対するソリューションを考えられるメンバーで構成されて初めて「強い組織」は生まれる。しかし、日本型組織はその対極にあるのだ。

日本の組織人の多くは、自分でモノを考えられず、自分で率先して行動ができない。21世紀になって情報社会が訪れると、この構造的問題はいかんともしがたい「癌」となった。指示待ち人間の仕事は、コンピュータや機械で処理できてしまうからだ。すでにこの問題は大きな社会的影響を生み出している。それは「ブラックだといって、すぐ退職する若者」が大量に生まれたことによる、求人と求職のアンマッチングの発生だ。

最初から従業員を使い捨てにするつもりの、そもそも半分詐欺商法の犯罪集団のような会社も跡を絶たない。これは正真正銘ブラックである。そういう企業は論外だ。しかし、受け身でやる気のない人間が自主的にやる気を求められる職場に入ってしまいブラックだと言っている事例も数多く見られる。自分で自分を守れず、組織と四つに組んで自分の真価を発揮できない人間にとっては、どんな組織もブラックに映ってしまう。

こういう人達をどう社会的に扱うかが大きな課題となる。しかし、そこはそこ、餅屋は餅屋だ。指示待ちで言われたことしか出来ない人間にとっては、いつも指摘している情報社会特有の「コンピュータに使われる」仕事はお似合いである。言われたことを言われた通りにやればいいのだから楽だろう。おまけに出来高制だ。少なくともやった分はリターンがある。そう考えてみると、コンピュータの上と下という「新階級社会」も住めば都で案外居心地がいいのかもしれない。



(23/08/11)

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