情報社会におけるアートと表現(その3)





作品におけるメッセージと物理的なモノとしての作品との関係を考える上では、作品を作る上での手段と目的を知ることが重要になる。端的に言えば作品を目的は自分の心象の中にある何かモヤモヤと燃え上がってくる炎を、外在化して客観的に捉えることである。それにより、この言語化できないナニカを他の人々と共有できる可能性も生まれる。その流れではテクニックはそれを実現するための手段である。この両者の間には、埋めることができない溝がある。

グラフィックデザインの制作作業に関わったことがある人なら、デザイン作業の中にアートディレクターという面とフィニッシャーという面があることに気が付くだろう。メッセージをどうビジュアライズするかを考えそれを実際に印刷原稿を製作するのがアートディレクターの役割であり、アートディレクターのディレクションに従ってそれを忠実に印刷原稿として作成するのがフィニッシャーの役割である。

つまりアートディレクターのアタマの中には自分が求める完成形のヴィジュアルイメージが出来上がっているが、それを的確に作業指示してフィニッシャーが具体的な作品に仕上げる形で分業が成り立っている。もちろん一人のデザイナーの中で両方の役割が完結していることも多いのだが、大きなデザインオフィスなどにおける組織的対応においては、この両者を別の人間が担当することの方が多い。

それは両者の職能が根本的にことなるからである。アートディレクターはクライアントやクリエーティブディレクターから出てくるコンセプト、をヴィジュアルメッセージとしてターゲットにアピールできるイメージを創造する必要がある。よってきわめてクリエイター的な素養が求められる。一方フィニッシャーは職人なので、指示されたことをどれだけ正確かつ精緻に実現する技術が求められる。

この傾向は、グラフィックデザイン作業がDTPによりパソコン上で行われるようになってから一段と強まっている。ある意味フィニッシャー的部分はAI化が可能であり、アートディレクターが自然言語で的確な指示を行えば、それをグラフィックデータとしてアウトプットすることは可能である。しかしアートディレクターの部分をAI化しようとすると、どこかであったような「パクり事件」が多発することは目に見えている。

ここで重要になるのが、「表現へのモチベーションの本質」である。これは自身が表現者でなくては理解できないものだし、大多数を占める「表現者」でない人にとっては実感が湧かないものだろう。実は人間の「三大欲求」である「食欲・性欲・睡眠欲」と同じようなレベルで、表現者の素養がある人には「表現欲」が備わっているのだ。これがムクムクと蠢くからこそ、表現者は表現してしまう。

特徴的なのは、これが「三大欲求」と同じように自律神経系から生まれる欲求なので、表現者としては意志の力ではどうすることもできない。まさに「湧いてくる」し、「降ってくる」のである。そうなると、心の中のナニカが燃え上がってどうしようもなくなる状態に陥ってしまうのだ。これは「表現欲」を持って生まれた人にしかわからないことではあるが、そういうモードを持っている人が存在することは理解してもらいたい。

誤解されやすいのであえて言うが、音楽で言えば「誰々のように歌いたい・演奏したい」というのは「表現欲」ではない。それは「演奏欲」ではあるかもしれないが、表現のエネルギー源たる心の中のナニカとは基本的に関係ない。同様に、単に美しい景色に感激して写生したい、写真に撮りたいというのも「表現欲」ではない。このレベルの「欲求」は一般人でも充分に持っているだろう。だから楽器店や音楽教室が商売になる。

たとえば具象的な風景画でいえば、その景色を見た時に心の中に湧き起こった炎とえも言われる感情を、なんとか客観化・具現化したいのが「表現欲」なのだ。であり、それをカタチにするためにその心象を取り込んで風景画をしたためたり、カメラのシャッターを押したりするのだ。わかる人にはこの違いは作品を見ただけでわかる。わからなくとも、そういう違いがあるのだという事実は知っていて欲しい。

元来芸術作品の価値はこの表現欲から生まれる、その作品に込められた「心の中のモヤモヤ」にある。物理的な作品は、単なるその「モヤモヤ」のヴィークルでしかない。そういう意味では、情報社会におけるパラダイムシフトは、この「モヤモヤ」を物理的な「作品」から解放し、それ自体を純粋に捉えて評価することをもたらすことになる。そう考えれば、アートの持つ価値をもう一度原点に立ち戻らせる良いチャンスということができるだろう。(つづく)


(24/04/19)

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