音楽の力






昨日今日に始まったことではないのだが、どうもパワーのある音楽に出会わなくなってしまった。これはジャンルと関係ない。どういうジャンルの音楽でも、一様にパワーが低下している。「これ」という、ちょっと耳にしただけでぐいぐいと心を引き込まれる作品がなかなかない。それなりにまとまっているし、それなりによくできてはいるものも多いのだが、それで終わってしまっている。BGM的な音楽へのニーズがマーケットの中心ということもあるのだろうが、それだけではない。音楽クリエイターの側の意識というか、姿勢というか、そこから何か問題があるように感じる。

つまり、クリエイターの側が「ひけている」のだ。リスナーと正面きって対峙するようなスタンスにない。だから、もともと音楽にパワーを込める発想にならない。人々の心に土足でづけづけと入り込んでゆくような、強引なパワーがなくなってしまったら、音楽は終わりじゃないの。それがあるからこそ、音楽は勇気を奮い立たせたり、心を癒したりする力があるのではないか。だが、そっちを向いて作った音楽は、とんと減ってしまった。自分だけで、人を傷つけないようにして気遣いながら創った音楽じゃ、感動は呼べないのに。

人を傷つけること、自分が傷つくことが恐くては、心の奥にある本当の叫びは伝わらない。そして、その「魂のメッセージ」がなければ、アート作品のもっとも大事な要件である「心の共鳴、共感」をもたらすことができない。これができる能力を勇気を与えられて生まれた人間だからこそ、アーティストとなれるのだ。だが、他人に対して距離を置き、自分は自分で殻にこもる今のティーンや20代の態度では、エバーグリーンな生命を持つ作品を作り上げるのは不可能といってもいいだろう。生きた音楽が生まれてこないのは、音楽クリエーターの側の生活態度そのものの問題だ。

曲を作るのは、ある意味で自分との戦いだ。いいところを見せたい、カッコよく見せたい。しかし、そういううわべだけの曲では、人々の心にのこらない。そこそこヒットするかもしれないが、一過性の曲になってしまう。自分の内面をしっかり見つめ、いちばん弱いところ、いちばん恥ずかしいところまで余すところなくさらけ出さなくては、心に訴える曲は書けない。しかし、それはカンタンな話ではない。いわば自分の心を切り売りして生きてゆくようなものだからだ。このように、アーティストは身を削って作品を作らざるを得ないという、つらい習性と宿命を持ってしまった、因果な存在でもある。

クリエイトしたり、プレイしたりしている瞬間には、楽しいときもある。しかし、それは不断の努力をしているからこそできるものなのだ。だからこそ、そこで行き詰まると、現実から逃避したくなる。あっちに行っちゃったり、人間ヤメちゃったりする人も多いわけだ。自分自身ときっちり向き合っていなくては、いい作品は作れない。これははっきりいって辛いことだ。だが、これができてはじめてクリエーター。リスナーは無意識の内にこの違いを聞き分けているからだ。

普通の生活を、普通に暮らしている限り、そんな自分の実像と対峙する必要などないし、あえてそんな苦労をすることもない。聴き手に共感してほしいからこそ、そういう自分の臓物を自分の手で引っ張り出すような苦痛にも耐えられる。最終解脱を達成するために、苦行に耐える修業者のようなものだ。だから、自分を見つめることからさえ逃げようとしている、今の若者の生活態度からでは、作品を作ることは難しい。これは、文化という意味ではゆゆしき問題なのではないか。

これはスタイルの問題ではない。たとえば70年代のロックと、今それをまねたスタイルでやっている音楽と、どうして「迫力」が違うのか。アメリカのストリート出身のラッパーと、ファッションから入っている日本のラッパーと、どうして「訴求力」が違うのか。もちろん、日本の若いアーティストにも、真摯なスタンスで全身全霊を込め、優れた作品を送り出しているヒトもいる。しかし全体としてのレベルの低下は、何ともしがたいものがある。

熱いものをぶつけ合い、もみ合い、タタキあった中から育った人の表現と、一度もそういう競争に合うことなく、それを避けながら生きてきた人の表現と、どっちが表現作品としてのパワーを持つかは、いうまでもなく明らかだろう。これを解決するには、リアルタイムで、本当の心をさらけ出すパワーを持った作品を創り出せるクリエーターが、時代の心を、時代の表現で、オリジナリティーたっぷりに表現してゆく必要がある。やはりこの問題も、70年代をリアルタイムで体験した世代が、いかに「起ち上がる」かにかかっているということができるだろう。

(00/04/28)

(c)2000 FUJII Yoshihiko


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