AI時代の「靖国神社」
日本人の過半数は、言われたことはその通りこなすが自分ではものを考えられない人だ。大企業などの組織で彼等に対して指示を出していた管理職も、実はその多くは自分でモノを考えていたワケではない。秀才エリートと言われる彼等は、偏差値の高い学校を出て、官僚とか大企業に就職して出世した人達だが、その本質は大同小異で同じ穴のムジナと言える。
彼等はよく勉強して知識も豊富だが、自分でモノを考えることはできず、いわば「勉強した知識」から命令されることで自分の行動を決めている。そういう意味では上司から言われたことをその通りこなすタイプの人間と行動様式は全く一緒である。それならネット上のあらゆる知識を網羅できるAIが直接指示を出せば良く、秀才エリートは完璧にAIによって代替される時代になった。
ということで、こういう言われたことをきちんとこなすことしかできないタイプの人間は、今後はコンピュータの指示通り作業をこなすことで生きてゆくという「コンピュータに使われる人間」にならざるを得ない。幸いにもラストワンマイルとして人間がこなした方が効率的な作業が、特に人間を相手とする作業においてはかなりある以上、こういうエッセンシャルワークがなくなることはない。
いつも言っていることではあるが、秀才エリート偏重でホワイトカラーに必要以上の給料を支払ってきた賃金体型がおかしかったのであり、この機会にこれを改めAIにより指示を出す側のコストが下がった分をエッセンシャルワーカーに再分配するように改めればいいだけの話である。言われたことを言われた通りにこなすのが好きな人が、それをやればそれなりの賃金を貰えるようになるのだから、これはこれでハッピーな話である。
しかし、こういう「受け身意識」はどこから生まれたきたのだろうか。そのルーツはやはり江戸時代の庶民の生活文化に求められるだろう。それなりに経済が発達し市民文化も発展した江戸時代。新田開発や品種改良で増大した農業生産をベースに人口も増加し、もともと狭い平野部には人が集中するようになった。要は人が溢れていたのである。
こうなると生産を上げるには人海戦術で対処するのがもっとも効果的ということになる。人海戦術とは働く方からすれば、言われたことをきちんとこなせばそれなりに喰っていけるシステムということになる。リスクを取って生きる糧を得なくとも、のほほんと生きてゆくことができる。もともと階級社会だった江戸時代は庶民が責任を取る必要はなく、この両者が相まって受け身の無責任意識が跋扈することとなった。
となると、主役は何も考えずに生きてゆける「凡才」ということになる。まさに日本人は江戸時代以来、こういう「凡才」を大事にしてきた。言われたことをきちんとやっていれば、それはそれなりに評価される。真面目にやって結果を出せば、それは高い評価につながった。そのためには、言われたことをきちんとこなしたことを表彰する仕組みが社会にビルトインされている必要がある。
その典型的なものが、靖国神社だろう。どんな「凡人」でも命令どおり特攻に出撃すれば、英霊となって靖国神社に祀られるという幸せな最期を迎えられる。子供の頃、最初に靖国神社にいって感じたのが、これだ。凡才を表彰するシステム。これがあったからこそ凡人が凡庸に生きていても、きちんと言われたことさえこなしていれば評価され、世の中がうまく行っていたのだ。
今後必要になるのは賃金の再分配とともに、この「表彰システム」を社会的に構築し、それをビルトインしてゆくことだ。社会的な「凡才表彰システム」は高度成長期に全社会的に仕事の分業化が進みむ中で失われてしまった。凡才は必要とされたものの集団の一要素でしかなくなり、個々人の成果を表彰することが難しくなったからだ。そのかわり「これだけ頑張ったから評価して」というお涙頂戴路線が跋扈することとなった。
結局は横並びであって評価ですらないのだが、「蜘蛛の糸」を掴んでいる感を得るために、定量評価が不可能な実は自己満足でしかない頑張った感で勝負する。その一方で高度成長期のお父さんは、家庭では給料袋を持ってくるマシンとして家には置くが蔑まれ、女性陣からは下着を一緒に洗うのもけがらわしいとさえいわれた。これでは自己肯定感は最低にならざるを得ない。
AIの世の中になって、「言われたことを言われたようにこなすのが大好き」な「凡才」に違う形でスポットライトが当たる時代がやってきた。そこで求められる条件の一つが賃金体系の見直しであるが、同様に必要となるのがこのような「凡才」を表彰する「AI時代の靖国神社」の創設である。この2つの条件が満たされてこそ、AI時代は日本人にとっては幸せな時代となるだろう。
(25/09/05)
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