潮目





年が変わり、21世紀も第1四半期が終わり第2四半期へと入った。AIの登場をはじめ、この5年程度の変化で20世紀的な産業社会のスキームが崩れ去り、21世紀的な情報社会のスキームへとパラダイムシフトする流れが誰の目にも明らかになった。その動きはテクノロジーやサイエンスといった領域だけでなく、同時に社会システムや生活構造といった人間系のソフト的分野においても変化が目立つこととなった。

思い起こせば、ロシアのウクライナへの侵略がこんなにも膠着し長引くとは、開戦当時誰も信じなかった。というより、当のロシア自身が簡単に決着が付くものと信じ切っていたからこそ、攻め込んだのだろう。もちろん戦術のハード・ソフト面の変化も大きいが、20世紀的スキームに浸りきっていたロシアが、それが通用しない世界から乖離してしまっていたことが大きい。

そういう意味では、後年の歴史家はこれを一つの時代の終わりを象徴するエポックとして捉えるのではないだろうか。確かに0年代・10年代は20世紀と連続していて、その変化が徐々に起こっていた時代だったため、コトと次第によっては20世紀的なスキームもまだまだ充分に通用していた。その分高を括っていた人達は、いつの間にか時代に追い越され「茹で蛙」になってしまっていたのだ。

左翼・リベラル、知識人・有識者、マス・ジャーナリズムといった20世紀的な「権威」が、コロナ以来のこの5年間でどんどん「化けの皮」が剥がれ、裸の王様になってしまったのもその結果だ。100年来使い古されたかび臭い「権威」に縋り、自らを研鑽することなく「権威」を振りかざすことしかしてこなかったツケが、ここに至ってブーメランとなって自らの頭上に鉄槌として下ったとしか言いようがない。

まさにオウンゴールを繰り返して自滅していく様は、ベルリンの壁の崩壊のように、あたかも時代の変化の象徴として語り継がれていくことになろう。そもそもイデオロギーという発想自体ある意味産業革命とともに生まれた物である以上、産業社会自体がその頂点だった20世紀とともに過去のものとなった今としては、宿主を失ったウイルスのように存在してゆくこと自体が不可能なのだ。

日本における高市首相の誕生も、日本の政治が55年体制の亡霊から完全に脱却できたという意味では、脱・産業社会の象徴として捉えることができる。それに対抗する政治勢力を生み出すためには、情報社会的な「大きな政府」とはいかなるものかをきちんと定義しそれを推進できる、「21世紀的田中角栄」のような政治家が現れる必要があるが、これを今の「大きな政府」を目指す政治家の中から生み出すことは難しいだろう。

その高市首相がパンドラの箱を開けた感がある中国共産党の現状も、また20世紀的スキームの限界を示している。そもそも共産党という仕組み自体が産業社会の寵児ではないか。いかに威勢の良いことを叫んでも、叫べば叫ぶほど習主席が実際にはレイムダックであることがどんどん明らかになってくる。その先は中国4000年の歴史書を読んでみればすぐわかる。王朝の末期はみな似たような展開だ。

レイムダック化した皇帝からはどんどん人心が離れてゆき、気が付けば「四面楚歌」である。これが中国におけるお決まりの「権力の末路」なのだ。こんな状況で台湾進攻を命令すれば、軍団は台湾海峡に向かうのではなく、北京の中南海を目指して進軍し、クーデターを起こすであろう。そんなことは権力者は百も承知だろうから、なんとか自分の権力を延命することだけに汲々としているのである。

とにかく時は非可逆で、歴史は前にしか進まない。それに購おうとしても無駄な徒労に終わるだけだ。潮目を越えたら波に乗るしかない。逆にこれだけ分水嶺を越えたことがはっきりしたのだから、それに備えていた人たちにとってはまたとないチャンスがやってくることになる。起承転結の「承」、いよいよ21世紀的スキームのメインイベントの始まりである。去る者は去れ、そして志ある人に光を。


(26/01/02)

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