足が地に着かない人





秀才エリートの特徴として「自分の足で立てない」ということがあげられる。それはすでにあるケースをベンチマークして自分のものとすることで、自分の強みである知識を築いてきたという学習スタイルに起因する。自ら「発見」して自分のものとして取り込んだのではなく、前人が築いた知の集大成を覚えることでその知識を獲得するという行動が基本になっている。

つまり「勉強」して知識を付けることが行動のベースとなっている。そしてそこで勉強する情報はすでに社会の中に存在している、当人にとっては「外部的」な情報である。それはすなわち自分の外側のいわば「社会」が先にあり、それに依存するカタチで自分のアイデンティティーを形成していることを意味する。このため独立して自分がいるのではなく、社会があって初めて自分を位置づけられることになる。

世の中には多分そういうタイプの人間の方が多いし、学校教育の体系そのものがそれを前提として構築されているため、「自分の足で立てない」のが近代の日本社会では常識化してしまっているといっていいだろう。しかし少数派ではあるもののそうではない人たちも歴然として存在する。社会がなくても自分のアイデンティティーを確立できる、「地に足が着いている人たちだ。

前者のタイプの人達は、基本的に集団の中でしか自分のアイデンティティーを持てない。こういう人は、無人島に一人流れ着くと自分がどうしたらいいかがわからなくなる。一方後者のタイプの人達は、自分の中に自分の規範を持っているので、周辺の状況はどう変わろうが肚が据わっていてブレない。責任を持って決断するには必要不可欠なコンピタンスといってもいいだろう。

これが「自分の足で立てない」人では真のリーダーシップを取れない理由である。ところが明治維新以来西欧先進国に「追いつき追い越せ」を第一目標に掲げた日本は、西欧の先進文物や技術を勉強した秀才エリートを責任ある地位に座らせ、近代的組織の粗製乱造を図らなくてはならなかった。いつも語っていることだが、これが近代日本の不幸の始まりだったといえるだろう。

19世紀においては、まだ江戸時代の武士としての教育を受けた人達がエリートとなっていたので、全てとは言わないが一定数の「地に足がついて、自分独自の考えができる」人が責任ある地位についていた。この「過去の遺産の蓄積」が功を奏して、一気にテイク・オフと遂げることが可能になった。しかし、20世紀に入るとそれらのポジションは促成栽培された秀才エリートにより取って代わられた。

高級官僚が典型的だが、秀才エリートは決断ができず責任をとれないという特徴がある。順風満帆で右肩上がりのときにはそれでもうまくいくのだろうが、責任を伴う判断が求められると、一番安易でリスクのない道を選んでしまう。太平洋戦争もバブル崩壊も20世紀の日本に降りかかった災難は、結局は秀才エリートの官僚的な「逃げの選択」の必然的結果ということができる。

21世紀の情報社会では、知識や勉強というのはAIの専門領域となり、人間が介入できるものではなくなる。人間に求められるのは、「よりマシな選択」ではなく、「肚をくくって責任を取った判断」になる。こういう場面で求められるのは「自分の足で立つことができる」人材である。少数派ではあるが、そういう人材は歴然と存在する。こういう人達を抜擢してしかるべきポジションにつけることが、情報社会では必要なのだ。


(26/01/23)

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