旗は立った
2月8日に行われた衆議院議員選挙は、おりからの寒波と全国的な雪という悪天候にも関わらず熱い盛り上がりを見せ、事前の調査でも判明していた「高市ブーム」をさらに押し上げる、かつてないような好ましい結果を残した。ある意味、この流れは20世紀的・産業社会的な残渣を一掃するケジメとも言える。
もちろんこの盛り上がりには、ブーメランとオウンゴールを繰り返して自ら墓穴を掘りまくった野党の貢献も大きい。とはいえ、与党への批判と反対しかしないで、バラ撒きのおこぼれに預かろうとする野党の手口自体が産業社会の時代の象徴とも言えるので、これも含めて時代性の象徴ということができるだろう。
それ以上に21世紀に入って四半世紀を経たことにより、パソコンの普及により社会の情報化が現実のものとなった1980年代以降に生まれた広義のデジタルネイティブ世代が社会の大半を占めるようになったことで、自分の意思で価値判断を行うのが日本社会でも当たり前になったことが大きいだろう。
直接一次情報に接することができる環境で育った人間は、自分自身で見聞きしたことを第一にし、偉そうに上から目線で「啓蒙」してくる意見には耳を貸さない。それどころか、そういう「偉ぶった」論調には反発さえする。これはマーケティングをやっている人間にとっては00年代頃から顕著になってきた傾向だ。
かつて高度成長期に流行を論じるときには必須だった「イノベーター理論」が通用しなくなったのがこの頃からだ。キャズム理論がその嚆矢だったが、イノベーター・アーリーアダプターとマジョリティーの間に亀裂が生じ、マジョリティーはマジョリティーの中しか見なくなる流れがマーケットでは顕著になった。
自分の生活感覚で客観的に自分の置かれているポジションを捉え、それに基づいて自分がどうすべきか判断する。それは見栄と背伸びで頑張ってきた高度成長世代とは全く違う生き方だ。旧来の左翼・リベラル的な野党が70代以上のシニア層にしか支持されていないということが、それを顕著に示している。
それ以上にこの日本の選択は、世界史的に大きい意味を持つであろう。第二次大戦以降日本は冷戦の最前線として、共産主義・全体主義圏と対峙してきた。その地政的な位置付けは今も変わらず、特に大陸の全体主義勢力が断末魔の焦りをあらわにしてきた昨今では一段と重要になってきたということができる。
オセロゲームではないが、日本がどっちへ向かうかで世界的な勢力図は大きく変化する。それだけに中国共産党は日本の政財界へのバラ撒き・懐柔策を続けてきた。そのような媚中派に対して、毅然としたNoを突きつけられたことは、今後の世界情勢の方向を占う上では極めて大きなポイントとなる。
日本が世界の流れを決めたという意味では、松岡洋右外相(実はぼくの曾爺さんのいとこで、父親は実家であったことがある)の国際連盟脱退演説以来ではないだろうか。あれは悪い流れであったが、今度はいい方向を決定づけることになるだろう。21世紀が終わる頃には、歴史家は日本人の選択が世界を救うきっかけになったとして称賛することになるだろう。そこに立ち会えた我々は幸せだ。
(26/02/13)
(c)2026 FUJII Yoshihiko よろず表現屋
「Essay & Diary」にもどる
「Contents Index」にもどる
はじめにもどる