憑依の左翼




何かが憑依しなくては生きていけない人は結構多い。自分に自信のない人は基本的にそうであると言っていいだろう。自分の目で見て自分の頭で考え、その結果として「私はこう思う」と言えないのだ。ソクラテスはこう語った。アリストテレスはこう考えた。ではないが、何かの権威を借りてその権威の言葉の引用でしかモノを語れない。それはソクラテスやアリストテレスに憑依してもらっているだけであって、決して「あなたの意見」ではない。

21世紀の情報社会では、知識や引用は何も意味を持たないし、それだったらAIの方が何桁も上手だ。人間が読める本の冊数など、毎日10冊読み続けたところで、一年に4000冊弱。人生100年ブームにかこつけて100年間読み続けたところで。40万冊だ。日本の国会図書館の蔵書数も5000万冊と言われているぐらいで、インターネット上のあらゆる情報の全てを見通せるAIはもっと多くの本を読んでいる感情になる。こんなもの何十万と何百億ぐらいの桁の違いがある。

知識を学ぶと言うのはそのくらい虚しいモノなのだ。とはいえ、そんなことよりもっとも自分の目で見ろ、自分の頭で考えろ、自分の言葉で語れというのは、自分の意見を語れる人の見方であって、そもそも自分の意見そのものがなく、学んでパクったことしか言葉に語れない人の方が世の中には圧倒的に多いのだ。それがいいか悪いかを語る以前に、歴然とした事実なのであり、こういう社会構造であることを前提にモノを考えなくてはならないことは語るに及ばない。

この傾向は世界的に見てもそうである。しかし近代教育制度が「追いつき追い越せ」にオプティマイズしたものであった日本においては、教育や組織行動そのものが「考えるより、覚えろ」で150年来てしまった分自分の意見そのものがない人が異常なまでに多い。そして社会に溢れてきたのが、ソフトがないと文鎮になってしまうコンピュータと同じで、師匠がいないと何もできない人達だ。明治時代には列強先進国に学んできた師匠のクローンを作ることが大事だったので、その時代は意味があったことは間違いない。

昨今はSNSを受け身のメディアとして使っている人が多い。というか、そうなったからこそinstagramとかがメジャーになった。もともとはUser Generated Mediaと呼ばれていたように、ユーザ自身が自分で作ったコンテンツを発信するコミューニケーションの場だった。今でもそういうパワーユーザーはいるし、彼らが主要なコンテンツを提供しているのも確かだが、現状を支えている圧倒的に多くのユーザーは「おすすめ」をみることで今のトレンドを知るための場として利用している。

これも「師匠」がいないとどう行動していいかわからないという現象の一つである。情報社会の「横から目線」化により、単に発信力のある市井の人が「師匠」になっているのだ。それだけでなく、発信力がなくても日常をアップロードすることで「皆の今」が投影され、それから今という時代のトレンドを読み取る使い方も多い。「映え」から行列店になるというのはその典型的な例だろう。そして、世の中においてはそういう人の方が圧倒的に多いのだ。

さて左翼の歴史を見ると、それは権威を借りて憑依することの繰り返しであった。要は自分の足で立って、自分ならではの主張をすることができない人達の拠り所となることで、左翼政党は「数の力」を担保するのが基本戦略だからだ。ある種の「策略家」が政党を牛耳っていたエンゲルスやレーニンの時代はさておき、この憑依戦略を百年以上繰り返してきた中で、権威を借りて憑依する人達が左翼の政治家・活動家の中心となってしまったのが現状だ。

彼等は自分はこう思う、自分はこうしたい、が言えない。それゆえ、権威を借りたり、弱者に寄り添う姿勢を見せたりと、「他人事」でしか行動ができない。そういう縋るべき支柱がなくなると、駄々をこねるしかなくなる。21世紀に入ってからの中国共産党にしても、北朝鮮にしても、欲しいものが買ってもらえなくてショッピングモールの中で幼児が泣きわめいているような主張しかできなくなっているのはこのためである。本質的に自分らしさを持てないからこそ左翼になったといってもいいだろう。

AIが実用化する21世紀の情報社会においては、自分を主語にモノを考え・語れない人間は。存在意義がない。まさに現代の左翼支持者は、情報社会化から取り残された人達である。そう、情弱だからこそ左翼という権威に縋って、なんとか既得権を守ろうとしているのだ。このところ左翼・旧型リベラルの断末魔が見えてきているのは、この時代から取り残された疎外感からくる最後のあがきということができる。情報社会では何も憑依してはくれず、レミングスの集団自殺が待っているだけだからだ。


(26/07/24)

(c)2026 FUJII Yoshihiko よろず表現屋


「Essay & Diary」にもどる


「Contents Index」にもどる


はじめにもどる