裸の王様
ここに至って今まで積み重ねてきた嘘や捏造の重みに耐えきれなくなり、左翼・リベラルやマス・ジャーナリズムが自己崩壊を起こし始めている。その破壊力の根源は、今の世の中の「常識」からは遠く離れた大時代的な主張を未だに繰り返しているところに求められる。ではなぜ左翼・マスゴミは、世の中から受けいられない主張に固執しなくてはならないのか。その理由を考えてみよう。
まず第一に挙げられるポイントは「バカだから」である。特に左翼に典型的にみられるが、荒唐無稽な「お花畑理論」踊らされて活動を始めた以上、相当に判断力の弱い連中ということがわかる。バカでそれしか考えられないので、本気でそう思ってるし、それを主張するしかない。情報社会で最も重要な、客観的に情勢を見たり、自分たちの置かれている位置を見たりできない。
次に上げられるポイントは「嘘の上塗り」である。そもそもブラフのつもりなのかもしれないが、彼等の主張は根拠のない出任せの「嘘」から入っているので、その桎梏から抜け出せない。嘘つきの常で、過去の嘘を正当化するためにどんどんもっと大きな嘘をつく必要にさいなまれることになる。これを繰り返し続け結果、その主張はどんどん現実との離反を呼び誰からもマトモに相手をされないものとなる。
さらに「上から目線」が染み付いてしまったというのも大きい。昔は「俺は偉いんだ」という脅しが効いたので、ヤバいぞとか言うとみんな震え上がった体験が尾を引いて、俺が脅せばみんな震え上がると思ってしまった。それで偉そうな口を聞く癖がついてしまったが、情報社会になったが故にいつの間にか化けの皮が剥がれて、狼少年や裸の王様になってしまったのだ。
またこれは詐欺師によく見られる現象だが、「相手を欺くには、まず自分がそう信じる」という掟がある。ロス疑惑の三浦和義容疑者が典型的だが、プロの詐欺師は自分がそう信じ込んでしまっているので、ウソ発見器も効かないし、騙す相手に対しては強烈な説得力を持つ。「私はやってない、潔白だ」ではないが、ウソも百回言えばその人にとっての真実になってしまうのだ。
いずれにしろ「間違い」を声高に主張しているところから全ての主張が始まっているので、万が一「ヤバい」と思ったとしてもそれを引っ込めることができない。おまけに自分の非を認めた瞬間に、全てを失ってしまうという恐怖に常にさいなまれている。かくして「自分こそ正しのだ」という、フェイクのブラフを主張しまくる以外立つ瀬がなくなってしまう。
子供の頃よくいたではないか。本当にお宝を持っている人が「うちにはこれがあるよ」というと、見栄を張って「うちにもそれはある」と言ってしまうヤツが。しかし持っているヤツが「じゃすごいな、見たいからお前ん家行こう」と切り返すと、いうと急にああだこうだと屁理屈を言って護摩かす。余計なことを言わなければいいものを、見栄で言ってしまうから他の信用まで失ってしまう。
情報社会では、ウソやごまかしは効かないのだ。それを言った時点でもう信用を失っている。過渡期の今でこそAIフェイクを使った嘘や捏造が横行しているが、人間の感受性には限界がない。時間とともに人々のリテラシーが上がり、フェイクを的確に見分けるようになるだろう。フェイクを作りやすいのも、それを見破りやすいのも情報社会ならではだ。ある意味他人を信用しないところから入るというのが、情報社会の掟とも言えよう。
(26/09/18)
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