グレーマーケット






この一年ぐらい、デフレ基調というのが世の中の通説になっている。どんな経済論評を見ても、この点だけは共通している。それも、デフレループといわれるように、賃下げより先行し、その下げ幅以上に物価が下がっている点が特徴とされている。そういう意味では、共通認識として基本生活コストは確実に安くなっている、と言えるだろう。それならば、賃金と物価の下げ幅のタイムラグの分、剰余金が発生しているはずだ。「消費活性化で景気回復」といわれているが、これは「この剰余金がどう使われるかが、景気を左右する」という問題意識もまた、論点や視座を問わず共通していることを示している。

さて、この剰余金はどこにいるのだろうか。低金利、いや無金利といっていい今、この剰余金は貯蓄に向かっているわけがない。新たなハイリスク金融商品に向かっているという向きもあろうが、決してそうではない。もちろん、外貨建て預金や投資信託といった金融商品が、広く買われているのも事実だ。しかし、これはかつて主流だった定期預金や中国ファンドといったローリスク金融商品からの乗り換えが中心であり、実際その分一般の円建て預金が減っていたりする。あくまでも金融商品間の付け替えの問題であり、金融商品が純増しているわけではない。ましてや、タンス預金がその分だけ増えているわけでもない。

ということは、それに見合う分がどこかで消費されているのである。実態としては消費があっても、それが捕捉されなければ、景気判断には反映されない。この差額はそういう「市場」で消費されていると考えざるを得ない。経済統計的に捕捉されないところでの消費というと、いわゆるブラックマーケットが代表的だ。麻薬や賭博、売春や銃器の購入といったブラックマーケットは、確かに拡大している。だが、少なくとも日本では全ての消費者が関わる領域ではなく、ここにこの差額の全てが吸収され、マフィアたちのフトコロを潤わせているとは考えにくい。どちらかというと、日本のブラックマーケットは景気がいいというより、シノギ稼ぎに四苦八苦しているのが現状である。

そうだとすると、マクロな経済統計的には捕捉できなくとも、違法なブラックマーケットとは違うかなり大きな市場が歴然と存在し、それが経済活動に大きな影響を与えていると考えなくてはならない。そして、このような市場は確実に存在する。ここでは、これを「グレーマーケット」と呼ぶことにする。今まで述べてきたような現在の日本経済の状況を考慮すると、世の中の剰余資金はグレーマーケットに流れ込んでいる。だとすると「グレーマーケット」は確実に景気が良いはずである。グレーマーケットはそれだけ金が動いていても、旧来の「産業連関表」的な生産主体の経済構造把握からは完全にハズレてしまっているので、旧態依然とした視点からは捕捉ができない。だから、「景気が悪い」と言われているに過ぎないのだ。

このグレーマーケットにはいろいろなタイプが考えられるが、代表的なのはマニア系マーケットであろう。たとえば、コミケットに代表される同人市場。同人市場の直接の市場規模が1000億円と言われて久しい。最近ではそれだけでなく、同人誌、同人ゲームといった作品の中古流通を扱う二次市場も作られている。そこではプレミアム付きで販売されている作品も多い。この領域では、常設の専門店や、専門誌等のメディアも登場している。また、コミケにはつきもののコスプレも、最近では「物を創らない」若者の指向を反映して、既成コスプレコスチュームの市場も出来上がり、専門店も多い。これらの周辺市場もあわせると、同人市場の規模は、1500億〜2000億円の規模に至っているものと推計される。これはなんと、日本の映画市場とほぼ匹敵する市場規模ということになる。

また、プレミアムコレクター系のマーケットの購買力もあなどれない。個人的に詳しい分野で言えば、ヴィンテージギター市場などがその典型だ。バブル期、円高期の「ブーム」なら、まだ古典的な理論でも説明可能だが、ドルレートも、アメリカでの相場もこれだけ高くなった今でも、その購買力は決して減少していない。バーストと呼ばれる1950年代のギブソン・レスポール。状態のいいものだと、アメリカでの相場で10万ドルの声も聞かれる状況である。もちろん日本に持ってくれば、千数百万円になってしまう。こういう価格でも、タマさえあれば顧客がつく状態なのだ。どちらかというと、アメリカ市場でもタマがないので、潜在ニーズにすら対応できていないのが現状だ。こういう傾向は、カメラのヴィンテージライカや、ヴィンテージバイクといったマーケットでも同様に見られる。

さらに注目すべきは、ホビー系の市場では、新品市場より中古品市場の方が活気がいいことだ。楽器市場など、新品メーカーの低迷をよそに、ショップはどんどん中古に注力し、その売場を拡大している。鉄道模型でも、新たなユーザーが生れにくくなり、メーカー、ショップとも倒産や廃業の声が聞かれる裏で、手工品的なブラス製モデルを中心に、中古市場は圧倒的に活性化し、ショップでも中古ショップは新品ショップの数倍の顧客を集めている。中古市場が活性化すれば、流通段階はそれなりに対応し、それなりに活性化する。しかし、それは製造業には波及しない。旧来の製造中心の経済感では、それは「景気が悪い」状況だが、流通を中心とし金は相当に回っていることになる。中古市場の興隆・活性化は、グレーマーケットの拡大を象徴する事象とも言える。

もっというと、今まで消費者としてほとんどかえりみられなかった中年男性。身近な例を上げたせいもあるかもしれないが、ここで上げた「グレーマーケット」の支出の中心は、ほとんど中年男性なのだ。中年男性の中には、もちろん金のない人も多くいると思う。しかし、怒涛のように消費につぎ込んでいる人もいる。そして、そういう支出は経済活動として捕捉されていない。もっとも、中年男性の多くは奥方の視線を気にして、ギターを買うときも「すでに持っているギターと色形の似たものを購入し、下取り交換によりアップグレードすることで、奥さんにすら「捕捉されない」ような消費行動」に努めている人もおおいのだから、むべなるかなということかもしれない。

そう考えてゆけば、現状でも決して景気が悪いわけではない。1989年正月のXデイのときのようなものだ。あの日、街のネオンは消えていた。しかし、夜の街に人がいなかったわけではない。テレビの番組もつまならいので、やることがなく街に繰り出した人は多かった。そしてそういう人達は、ネオンこそ消えているものの、ちゃんとやっていた飲み屋でいつもと同じように、あるいはいつも以上に飲みまくっていた。その状況を思い出して欲しい。奇しくもグレーマーケットは、ちょうどマス・マーケティングで対応できない市場と一致している。産業社会型マーケットは行き詰まっているが、ポスト産業社会的マーケットは元気が良い。何のことはない。これもまた、今起こっている社会のパラダイムシフトを具現化している現象の一つに過ぎないのだ。


(02/04/26)

(c)2002 FUJII Yoshihiko


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