攻めの和、甘えの和






聖徳太子の十七条の憲法に基づく「和を以て貴しと成す」ほど、日本の歴史上引用された言葉はないだろう。しかしまた、この言葉ほど捻じ曲げられ、こじつけられている言葉もない。今、この言葉が使われるのは、筋を通すよりも馴れ合いで行こう、競争するよりも談合で行こう、という文脈がほとんどである。その裏には「なあなあで行こう」、「寄らば大樹の陰で甘え合って行こう」という体質が見え隠れする。まさに日本人の持つ悪癖である、「甘え・無責任」を代表する言葉となってしまっている。

しかし、元来のこの言葉が持っていた意味は、決してこういうものではないはずだ。「甘え・無責任」な人達が日本人の主流になるとともに、ご都合主義の解釈が横行した結果、こういうニュアンスに転化してしまった。これは、親鸞上人の「他力本願」「いわんや悪人をや」の解釈にも共通している。浄土真宗の教えも、はじめは現世の努力を奨励するものであったのが、極めて無責任な甘え体質を正当化するための方便に変わってしまった。それでは、この言葉の元来の意味はどういうものだったのだろうか。そのためには、この言葉が生まれた時代を見てみる必要がある。

聖徳太子が活躍した前後、6世紀、7世紀の「倭国」といえば、謀略、謀殺が日常的に行なわれ、戦いをもって権力を奪い合った時代である。聖徳太子の一族自体、皆殺しにされ、非業の最期をとげている。とにかく、関係性の基本が「武力」「攻撃性」にあった、戦乱の時代である。そういう攻撃的な時代だからこそ、「和が貴い」のだ。そして、その「和」は、決して甘え合うホンワカしたものではない。攻撃し合い、敵対し合う関係性の中で、どうして安定的なバランスを作り出すかという、極めて戦略的かつ攻撃的な「和」なのだ。

このように基調が「ファイティング」にある人の主張する「和」とは、まさに政治的な戦略、軍事用語でいう「政略」の重視を意味する。圧倒的な武力を持ち、かつ持っているがゆえに、それを行使することなく、存在感だけで有利なポジションを獲得する。「和を以て貴しと成す」とは、このような言葉としてとらえる必要がある。古代の貴人は、政治家であると同時に軍人であった。そういう中では、何でも武力に訴えて解決する「戦争好き」がおおかっただろう。だからこそ、政治的決着を目指そうという「和」の考えかたは活きるし、その背景には行使しないもの、強力な武力も担保されていただろう。

古今東西の軍事論、戦争論の例をひくまでもなく、軍事力を行使するのは最後の手段である。すぐ戦争をやりたがるのは、二流の軍人とされる。あくまでも軍事力は、一義的にはそのプレゼンスをバックに、政治的に有利な展開を獲得するために存在するものである。ダメな軍人はすぐ戦争をしたがるが、優れた軍人は兵力を使う前に政治家であろうとする。ドンパチやってしまっては、同じ穴のムジナだが、それを使わずに済ますからこそ、優位なポジションをとれる。この視座の違いが判るかどうかで、もう勝負はついているのだ。

弱い軍事力しか持たない国が「平和主義」を唱えても、負け犬の遠吠えであり、誰も相手にしない。しかし、強大な戦力や核の傘をもつ軍事大国が「平和主義」を唱えれば、それは説得力をもつ。強大な武力を持っても、安易に行使することなく、それを交渉を下支えする道具として使い、あくまでも政治・話し合いで解決する。これができてはじめて本当の意味の大国である。強大な武力を誇るだけでは、単に軍国主義というだけでしかない。そういう意味では、今の世界でも問われている問題である。

これは国家や組織の問題であるが、視点を変えれば個人の生きかたの問題にも適応できる。「競争原理」が働く中では、どう生きてゆくか、どう有利なポジションをとるか。正面きって相手とぶつかり、消耗戦、総力戦を戦うやり方もある。しかし、相手をつぶすことは手段であり、目標ではない。目標は自分として高いパフォーマンスをあげることにあるはずだ。そうだとするならば、相手を潰すことに割けるリソースはおのずと限られている。そうであるならば、不戦勝に持ちこむ戦略はもっとも意味がある。

だからこそ「和」なのである。「金持ち喧嘩せず」の状態に持っていければ、リソースをムダに食い合うことなく、全体としての最適化が可能になる。強者同士の関係とはそういうものだ。だからこそ、各々が得意分野に「選択と集中」をはかり、さらに強みを強化することができる。このように「和を以て貴しと成す」とは、「自立・自己責任」な人にこそ必要とされるキーワードである。日本の伝統は決して「甘え・無責任」にあるのではない。それは中世以降の庶民文化の文脈で語られるもの。実は毅然とした「自立・自己責任」の伝統もあることを忘れてはならない。



(02/06/14)

(c)2002 FUJII Yoshihiko


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