グレー・マーケティングの極意







こういうご時世でも、それなりに景気のいいグレー・マーケット。その重要性も、段々と世の中に認識されてきた。その一方で、グレー・マーケットは、旧来のマス・マーケティング的手法が通用しない世界である。グレー・マーケットを攻略するグレー・マーケティングのカギはどこにあるのか。それは「事業の目標を明確にすること」と「事業展開で欲を出さないこと」にある。これは「あわよくば」「濡れ手に粟」という、マス・マーケティングのモチベーションの対極にある。それだけにマス・マーケティングに浸りきったヒトにとっては、発想の転換が難しい。

まず、「事業の目標」である。グレー・マーケットを事業にするには、この設定がカギになる。グレー・マーケットでの「ビジネス」は、しばしばビジネスまで至らず、趣味の領域にとどまっているものも多い。それは、この目標設定がないからである。事業の目標は、ROI的な「投資に対する利益額」でも、EVA的な「キャッシュフローの利回り」でもなんでもいい。「これをクリアすれば儲かった」とする基準を、自分で設定し、しっかりと持つことが必要だ。実は、欧米では産業社会の時代から、こういう目標を明示的に持っている。だが、なぜか日本の企業では、「儲かれば儲かるほどいい」として明確化しないことが多かった。

グレーマーケットは狭いが堅い。事業評価の目標が明確になれば、それに合わせた事業計画を立てられる。たとえばプロジェクトベースの指標として、営業利益で5%出すことが目標とする。その商品を10万円で売り出したとき、確実に買う顧客が500人いたとする。ならば、売上は5000万円見込める。先に目標の利益額をトップオフして、人件費や販管費も入れたコストとして4750万円で収めればいい。その範囲で、顧客が確実に買いたくなる「色気」を持たせればいい。マスにおける「計画」があくまでも希望を伴った予測であるのに対して、この「計画」は、あたかも事後の会計処理のように確実な数字なのである。この違いは大きい。

とするならば、列車がダイヤにしたがって進んだり、コンピュータがプログラムにしたがって動いたりするがごとく、この「計画」は、動き出したら、あとは淡々とそれに従って進めていけばいいことになる。淡々と進めることが難しくなるような障害を予見し、それを除去するだけでいい。その反面、途中で「もしかしたら行けるかも」という可能性を見つけても、それにスケベ心を出して狙ったりしないことが大切である。これもまた、マスの世界とは大きく違う。予見可能な世界と、不確定で予見不可能な世界の違いともいえる。

泣いても笑っても、見通せる額しか売り上げが立たないのが、グレー・マーケットの特徴である。そこには、高度成長期のマスマーケットのような「一発」はあり得ない。しかし、総売上は手堅く読めるし、それを達成するために必要な要件も読みやすい。当然コストも予見できる。マーケットサイズはさておき、グレー・マーケットは攻め方さえ間違えなければ、ローリスクでハイリターンなのである。世の中が「売上主義」の間は、ここに注目するヒトは少なかったかもしれない。しかし、いまや効率主義が重視される。グレー・マーケットが無視できない理由である。

シンガー・ソングライターの谷山浩子さんは、「オタク・マーケティング」の創始者、実践者として知られている。彼女のアルバムは、コアなファンには一人あたり3枚売れる。コレクション保存用に一枚、実際に聞くために一枚、予備として一枚。都合三枚となるわけだ。アルバムはこれを前提として、コアなファンが確実に買ってくれることをコンセプトに製作する。たとえばコアなファンが全国に1万人とすれば、3万枚は確実に売れることになる。収支計画もこれを前提に、3万枚を採算分岐点として設定すれば、確実に黒字になるワケである。

グレー・マーケティングと、このオタク・マーケティングは、一卵性双生児のようなところがある。極めてコアでディープなターゲットに対する攻め方が、オタク・マーケティングである。それに対し、今までならばマス的な手法で「不特定多数」、でギリギリ狙ってきた、あるいは狙えたマーケットに対して、オタク・マーケティング的な手法を使って、「特定少数」マーケットという視点から狙おうというのが、グレー・マーケティングである。オタク・マーケティングの基本は、同人マーケットのように、送り手=受け手である点である。受け手の発想にしたがって、送り手が行動する。グレー・マーケティングでも、これがカギである。

そういう意味では、究極のグレーマーケティングは会員制である。これは、マス的な「見こみ」を得るために顧客をデータベース化し、CRM等のデータマイニングを行おうと言う、顧客囲い込みのための会員制ではない。そもそも見込みではなく、製品計画そのものを、会員が欲しいものに合わせ、事前に予約を取ってはじめてスタートするための会員制である。これは、グレー・マーケティングならではの手法である。そして、この手法を取る限り、売上におけるリスクを極小化できるとともに、資金さえ会員の前払いで賄える可能性も高い。

「多品種少量化」に対し、旧来の産業社会の製造業の視点では、多品種と言えどもなるべく共通部分をくくり、マーケットスケールを大きく考えていた。これに対し、ユーザーの側に立てば、異なる部分にこそコダわり、より小さいディープなマーケットとして捉えた方が、付加価値が高くなる。もともとホビー性の高い領域ではそういう視点もあったが、たとえばクルマとか、インテリアとか、コダわるヒトがコダわるポイントは、実用性よりも趣味性なのである。「多品種・少量・高額・高付加価値」を追求するマーケットを攻めるには、グレー・マーケティングが有効である。そういう意味では、グレー・マーケティングの応用範囲は、グレー・マーケット外にも大きく広がっている。


(02/12/06)

(c)2002 FUJII Yoshihiko


「Essay & Diary」にもどる


「Contents Index」にもどる


はじめにもどる