階層化のすすめ







悪平等社会日本では、公の立場では「階層」という言葉はタブーなのだそうである。したがって、公共性のある社会調査では、いかにその結果として「階層」が抽出されたとしても、それを論じることはできない。ましてや「階級」の存在など、それをイメージさせることさえ禁じ手なのである。もともと「人徳はなくとも学歴だけはある」という官僚たち自身が悪平等の権化である以上、それもむベなるかなと思うが、いかに「悪平等主義者」でも事実は曲げられない。日本人の中に階層はあり、階級は歴然として存在する。タブーにして禁止していること自体が、なによりその存在を語っている。

百歩譲って、国や公益法人が行う調査についていうなら、そのデータをどう扱うかは、第一義的には金を出した組織の随意である。いかにも官僚的な持って回った言いまわしを使って結果を捻じ曲げても、第三者的には文句は言えない。厳密に言えば、その金自体が税金である以上、本当は文句を言いたいところだが、そこは「民主主義」であるからして、自分とはちがう多数意見がある可能性がある以上、一応留保しておく。しかし、そういう「タテマエ」から自由であるはずの民間でも、ある種「階層」をタブー視してしまう、あるいは「階層」という視点を外してしまうというのはいかがなものだろう。

今までのマス・マーケティングの問題点の一つがここにある。デモグラフィック特性や年間所得が同じであっても、階層が違えば消費に代表される行動様式は大きく異なる。しかし、いままでの視点は、あくまでも外部的に捕まえやすい定量的指標だけに基づいて、意識や行動を捉えようとしていた。これが、高度成長による悪平等をよしとする大衆社会の到来とあいまって、それですべてのファクターが説明可能であるという思い込みが罷り通った。昨今、モノが売れないと良く言われる。それは厳密には、こういう「マス・マーケティング的発想」ではモノが売れない、ということである。今こそ、原点に戻って素直にターゲットを見つめる必要がある。

たとえば、年収でターゲットを分ける視点は、かつては耐久消費財のマーケティング等では一般的だった。しかし、年収が同じなら同じような購買力を持つ、という発想は、あくまでも「みんながみんな、貧しい時代」の発想である。裸一貫で大都会に出てきた、まさに「無産者」たる集団就職者が多数を占めていた時代なら、それもある程度は妥当性があったかもしれない。しかし、昨今のような安定成長の時代では、そうはいかない。年収と消費に使える金額とは、必ずしもシンクロしないのだ。

ちょっと考えて欲しい。日本は改革されてきたとは言え、まだかなり年功的要素の残った賃金体系になっている企業が多い。非管理職であれば、組合が各年次別の年収の最大・最小を発表しているところもあるだろう。ということは、年次やポジションが近ければ、比較的年収は近いはずである。ところが、暮らしぶりはヒトにより大きく異なる。親や爺婆の代から都会にいるヒトと、自分の代になってはじめて都会に出てきたヒトでは、余裕が全然違う。生活資本の蓄積の違いが差になって現れるのだ。

特に最近はデフレである。生活必需品と言うか、基本衣食住に必要な金額はどんどん低下している。多少収入が下がったとしても、それ以上に必要経費は減っている。そもそも過重なローンを組む必要のない生活に余裕のあるヒトなら、キャッシュフローには、相当に余裕がある。その一方で、ご存知のような低金利の下では、その金が貯蓄に回っているわけでもない。だからこそ、羽振りのいいオジさん・オバさんが現れるワケである。そして、前にも述べたように、その多くが「グレー・マーケット」で消費されていく。

金を持っているヒト。金を持っていないヒト。これは別に、年収や資産総額の多寡を示しているのではない。こと消費という視点で見るならば、金を持っているとは、手元余剰のキャッシュフローがどれだけあるか、ということである。そうだとするならば、各個人が背負っている暮らしぶりや生活資本の蓄積度にもっと着目し、キャッシュフローの潤沢なヒトをより分けてターゲットとする視点が有用なハズだ。それは突き詰めると、各人の育った環境や状況に基づいて、ターゲットをクラスタリングすることになる。まさに階層化・階級化の視点である。

マーケティングにおいては、結果は売れるか売れないかである。そこにはイデオロギー的な価値観が入る余地はない。個人の思想信条として「悪平等」を指向するのも「民主主義」を指向するのも自由である。自分の思想を他人に押し付けない限り、そのヒトが「アカ」だからといって差別してはならない。しかし、そういう価値観をマーケティングに持ちこんでも、何も意味がない。売れないだけである。金(=余剰キャッシュフロー)を持っていない人間にモノを売ろうとしても始まらない。少なくとも買う金のあるヒトを絞り込んでアプローチしたほうが余程効果的だ。そろそろマーケティングにおいては、「階層」を念頭に置くことが常識化しようではないか。



(03/01/24)

(c)2003 FUJII Yoshihiko


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