商品力






先日、アサヒビールから発泡酒の新ブランド「スパークル」が新発売になった。はっきり言って、これは美味い。税法上「ビール」に分類されるいくつかの製品より、余程ビールとしておいしいと言っても過言ではない。アサヒビールは、すでに定番となった「本生」の発売のときも、それまでの発泡酒の味に関する常識を大きく変える「美味い味」を提示し、シェアを大きく変えた。このようにアサヒはスーパードライのヒット以来、消費者が求めるビールの味を見事につかんでおり、それが業績に結びついている。

これは、キリンのビールが自社の味「らしさ」へのこだわりの余り、ユーザーのニーズから離れてしまい、シェアを減らしてしまったのと好対照である。確かに財務内容的にはキリンの方が強いのも確かだが、商品力、開発力という面では、ことビールにおいてはアサヒがリーダーだと言わざるを得ない。とにかくマーケティングにおいては、消費者のニーズを知っている、理解していることがなにより大事である。それができてはじめて、消費者のニーズにマッチした商品やサービスをクリエイトすることができる。

商品力のある商品やサービスを開発し、市場に投入し、消費者の支持を得ることができてはじめて、企業はキャッシュフローを得ることができる。この「真のマーケティング力」こそ、企業活動の生命線である。商品力の高さとそれのもたらす付加価値性こそが、企業のポテンシャルを支える。株価における「オプション価値」は、単にバブリーな「儲かりそう」というイメージだけではない。オプション価値を実質的に支えるものがあるとするなら、それは「マーケティング力」をおいて他にない。まさにマーケティング力こそ企業の可能性を示している。

それならば、企業の格付けの一種として、「マーケティング力の格付け」というのがあってもいい。財務内容からの企業判断は、あくまでも「現状」の判断でしかない。そう考えると、将来の期待値を、将来の業績を担保するもので計らなくてはならないはずだ。ここが機関投資家やアナリストの判断と、一般投資家の判断が大きく異なる点だ。一般投資家の眼には、消費者としての視点が入っている。その分、その企業やブランドの商品力やマーケティング力に対する判断がビルトインされている。

当り前のことだが、消費者のニーズを知っていて、良い商品、売れる商品を創り出すノウハウのある企業は、将来の業績が期待できる。これが、「企業の底力」である。その一方で、いかに財務内容が良くても、ヒット商品を創り出す力が弱くては、将来の業績を担保するものがない。確かに、その資金力をバックにM&Aで商品開発力のある企業を買えば良い、という議論もあるだろうが、それでは金融ビジネスだ。ということは、投資家にとっては、商品開発力のある会社に直接投資した方が有利ということになり、その会社の株を買うモチベーションは低下する。。

けっきょくは、アナリストは財務とか、企業のマクロ的なデータの分析や活用には長けていても、企業活動そのものである商品やサービスをユーザの視点から捉えることが苦手なため、そこに触れたくない、ということである。自分たちは、物を作ったり売ったりした経験がない。また、生活者の感覚やマーケティングにも疎い。だからその辺を無視してかかっている。株式マーケットがバブルの時期なら、単なるマネーゲームで動く資金が多い分、それでも通用したかもしれない。しかし、こういう株価低迷期になると、本来の企業力を見ぬく視線が問われる。

少し前、LVMHとか高級ブランドを傘下に持つ企業の株式を組み合わせた投資信託が、女性を中心に人気を呼んだコトがあった。一般投資家の感覚とは、そういうものである。その意味では、IRとマーケティングコミュニケーションは別物ではない。企業のブランド価値という面では、全く同じである。そして、それはスタンドプレイでは高めることはできない。企業のブランド価値は、ユニークでクリエイティブな企業活動そのもので顧客の心をつかむことによってのみ高めることができる。

企業の持つ潜在的なポテンシャルとは、まさに高い商品力と、それを支えるマーケティング力の賜物なのだ。それが企業ブランドの価値になり、株価の期待値としてのオプション価値になる。そういう意味では、財務的な定量指標や、マクロ的に捉えられる指標だけではなく、企業力の要としての商品力、マーケティング力を評価する「格付け」がないというのは片手落ちである。企業経営者は、アナリスト受けの体裁を整えるのではなく、もっと本当の企業力を高めるコトを目指すべきなのだ。



(03/03/07)

(c)2003 FUJII Yoshihiko


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