命を捨てろ






「戦略」の前には、人間の命など空気より軽い。いやヘリウムより、水素より軽い。真空みたいなものである。腰の引けた弱虫の中途半端な「人権論者」に、「戦略」が語れない所以である。肝っ玉の小さいちんけな小市民だから、「市民」派というのだろうか。どうも、この根源的なところがわかっていないヒトが、日本には余りに多い。だからこそ日本はダメになった。命を大事にしすぎるから、何もできない。八方塞がりな気分が蔓延しているのは、そもそもこういう「肚がスワってない」ヤツが大きい顔をしすぎているからだ。

この典型といえば、やはり軍事上の「戦略」が真っ先に上げられるだろう。最初から、逃げて生き延びるつもりでは、勝ち目は無い。もちろん戦術的には、自分が生き延びるというのもある。というより、相手より先に死んでしまっては、相手が勝ってしまう。戦略的には死ぬ気でかかって行く。そして、決死の戦いの中で相手の息の根を止めて、勝ち残る。そうすれば、結果としては勝った方は生き延びることもできる、というだけのことである。意気込みは、死ぬ気でなくてはダメだのだ。

さて、日本の歴史を通してこの国には腰抜けしかいなかったのかといえば、そんなことはない。戦国時代には、肚のスワったヒトが沢山いた。いや、肚のスワったヒトでなくては、ひとかどの実績を上げることができなかったと言うベキであろう。毎日が、行くるか死ぬかの瀬戸際なら、おのずとあらゆるコトを命懸けで考えるようになる。何とか、自分だけ狡く生き延びようというのではなく、命を捨てて正面突破を図らなくては、生き延びる可能性さえ見出せないような状況におかれていたのである。そういう意味では、決して能力的に「命懸けでできない」ワケではないことがわかる。

こういう状況下では、親子といえどもライバル。自分の命さえ捨てているのだから、子の命などそれ以前にかまっているヒマなどない。子供もイッパシの武将であれば、親は決死の作戦の指揮を命令するのは当然。こんなところで、甘やかすようでは、自分自身が勝ち残ることができない。そもそも、本気で子供を育てるには、千尋の谷から落とすコトがなにより重要である。その厳しい状況下で生き残ることで、さらに育つ。本当の教育とは、命を軽視するところから始まる。甘やかしは、「甘え・無責任」の拡大再生産を生むだけである。右だ、左だという前に、近代日本の教育は、ここが間違っている。

企業活動でも、基本的には同じことがいえる。もちろん、企業では「命賭け」といっても、本当に死を覚悟することは(一部の危険な職業を除けば)ほとんどない。この場合賭けるモノは、企業人としての命、平たく言えば「クビ」である。「クビ」を賭けることが恐くては、とても大きな仕事はできない。自分の存在は捨石となろうとも、大きな戦略的課題が成就できれば本望と思えるかどうか。世間の「サラリーマン」のほとんどが、こんな決意とは無縁というのが、日本の企業社会だろう。

右肩上がりの「神風」がある間は、それでも甘い汁を吸えた。しかし現状では、誰かが身を挺した決死的な行動をしてはじめて、ブレークスルーが開ける時代である。皮肉なことに、この際たるものが、経営改革である。自分の「クビ」を賭ける気にならなくては、改革はできない。そういうヒトが出てこない限り、改革は進まない。それはイザとなった時には、差し違えてでも守旧派を滅ぼす位の意気込みが無くては、そういう「組織の癌」をクビにすることができないからだ。

ヘンな温情を持っているようでは、抜本的な体質の改善は成し遂げられない。これもまた、官僚には行政改革ができない数多い理由の一つである。官僚には「自分」としての責任感はなく、「イス」に付随した権限と責任しかアタマにない。定期異動で、正反対の利害を代表するようなポストに異動すると、その日から言う事が180゜転換してしまう。こんな連中には、ハナから「賭けるモノ」などあるわけがない。その点、まだ「やる気のある政治家」の方が、失うもの、賭けるものがある。改革への意気込みの差は、ここから生まれるのだ。

だれも命を賭けようとしない、「腰抜けの小市民」ばかりの日本では、戦略は語れないワケである。「人命が大事」などと甘っちょろいコトを、したり顔でヌケヌケとほざけるというのは、全くもって「平和ボケ」以外の何物でもない。大義名分のためなら、命など惜しくない。もっともっと、そういう志の高い人物が出てくる必要がある。ノブリス・オブリジェも、「戦略」ためには進んで命を投げ出せることから始まる。明治維新だって、その大義のために進んで命を賭けた数多くの志士がいたからこそ成就した。今の日本に求められる人材は、進んで命を投げうてる、テロリストの精神を持った志士なのだ。


(03/09/12)

(c)2003 FUJII Yoshihiko


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