「官」の発想





郵便貯金の個人一人当りの預け入れの限度額は、1000万円と規定されている。この規定自体は前からあったが、実際上は有名無実化しており、1000万円以上の預金があったとしても、特に問題はなく、そのままに置いてきた人も多いと思う。しかし、公社化と共に風向きが変ったのか、にわかにこの限度額の運用がシビアになってきた。1000万円以上の預金を持っている人に対して、極めて積極的に解約の勧誘を行うようになってきたのである。DM、電話、そして戸別訪問と、あらゆる手段を駆使して、解約を迫ってくる。今まで、預金集めの勧誘さえ来たことのない人にも、容赦なく解約コールを浴びせてくる。

言い方も、「規則なのだから、解約しろ」とほとんど脅しである。こちらは顧客なのだから、「失礼ながら解約していただく」のが、「民」の常識というのに。果ては、こちらからわざわざ「何時何時まで解約します」と電話をかけても、それでも家まで「営業」に来る。これには、ほとほと腹が立った。主客逆転というか、何か変である。公社化とともに、今までの放任状態からそれなりに管理体制がしかれ、解約についても、担当毎にノルマか目標が設定されたのだろうか。そもそも「官」の発想が染みついた人間なら、その行動の意味を問うことなく、ただただひたすら、その数字の達成に邁進するかもしれないからだ。

彼等は、自分のやっている行動の意味がわかっていない。自分たちの行動が、新生「郵政公社」のイメージをどれだけ傷つけ、どれだけアンチ「郵政」ユーザーを増やすことになるのか。命令されたことを、その枠内で単純に最適化して行動するというのは、まさに「官」の世界から抜け出ていない証拠である。まだ満期がきていない預金もあったので、この時点で全部解約こそしなかったものの、まだ預けてある1000万円の枠内の預金も、時期がきたら絶対下ろしたくなった。これだけ熱心に解約キャンペーンをやっているのだから、こういう気分になった預金者もかなりの数にノボるだろう。それを合わせれば、郵便貯金からの流出額は、莫大なものになるはずだ。

さて官僚といえば、このところ道路公団の藤井総裁の話題がブッチ切りである。総裁としての所業もそうだが、辞任・解任が議論されてからの「抵抗のための抵抗」は、文字通り「抵抗勢力」の鑑というべきだろうか。どちらにしろ、「民間の常識」からは考えられない、文字通り常軌を逸した行動で物議をかもしている。しかし、彼の所業は「官の常識」からすれば、至ってストレートなものである。それを理解するカギは「天下りのイス」こそ、キャリア官僚にとっては最も重要であり、究極の目標である、ということを理解しているかどうかにある。

日本の官僚、それも高級官僚として大成した人ほど、イスというか、ポストを守り、増やすことに使命を燃やすのである。天下りのイスこそが、自分の派閥を強め、自分のプレゼンスを高める。実際ひょんなコトから、あるプロジェクトで高級官僚の天下りポストを外すと言う稀有な体験をしたコトがある。いろいろ噂話や、官僚の友人の自慢話レベルでは知っていたものの、そこでは、このような彼等の行動様式がイヤが上にも感じられた。日本の組織では「手段の目的化」が良く言われるが、その際たるものがここにある。

彼等にとって究極的に重要なのは、それこそ、公社か民営かという問題でも、予算が大きいか少ないかという問題でもない。そのスキームで、天下りのポジションがいくつあるのかということである。ここを間違えてはイケない。特殊法人の問題は、その制度にあるのではなく、お手盛りで天下りしやすいところにある。いかに制度的な枠組だけを「民営化」し株式会社にしても、天下りが今まで以上に横行したのでは、全く意味がない。それなら特殊法人のままで天下りを一切禁止し、NPO的な機関にしたほうが余程効果的である。

だから、たとえば道路公団でも分割民営化された結果、「社長」のイスが増え、そのイスに天下りが保証されるのなら、彼等は決して民営化に反対しないだろう。それどころか、民営化推進論者になってしまうだろう。そのくらい、彼等のアタマの中には「イス」のことだらけである。偉そうなことを言っても、ポリシーやビジョンはどこにもない。そんなものがあったのでは、官僚として出世できない。だから、ポリシーやビジョンを持っている稀有な人材も中にはいると思うが、そういう人は、若いうちに見切りをつけて官僚をヤメ、民間に移ってしまうのだ。

そういう意味では、藤井総裁は、今の日本の官僚としては至って「当り前」の対応をしているにすぎない。ただ一つ違うのは、彼は、官僚の中では正直過ぎたという点であろう。みんなが密かにやっていること、陰でやっていることを、衆目の集まる中で、ストレートにやってしまっただけである。もちろん、やっていること自体は他の高級官僚同様許しがたいものがある。しかし、官僚の行動様式やモチベーションをわかりやすく国民に示してくれたという意味では、出色の存在かもしれない。


(03/10/24)

(c)2003 FUJII Yoshihiko


「Essay & Diary」にもどる


「Contents Index」にもどる


はじめにもどる