人間系マーケティング
ここ何回かは、20世紀という「組織の時代」から、21世紀という「人間の時代」へのパラダイムシフトについて述べてきた。当然この変化は、社会や経営といった大きなトレンドだけではなく、もっと個別具体的な戦術論においても現れてくる。マーケティングもそうだ。20世紀・産業社会を代表する「マス・マーケティング」の次に来る「モノ売り、モノ作りのメソトロジー」については、今までにも何度も触れてきたが、今回は、それを「組織」から「人間」へのパラダイムシフトという文脈の中で捉えてみよう。
組織は「法人」と呼ばれるように、擬似人格として捉えられてきた。では、生身の人間と組織とはどこが違うのか。それは「組織はモノを考えられない」という点にある。アイディアやクリエーティビティーは、生身の人間のみが生み出せる。しかし近代においては、そういう情緒的な要素は重視されず、ひたすら論理的・定量的な要素のみが重視されてきた。この面においては、いかに人間組織といっても、コンピュータと同じである。だからこそ、近代合理主義的に捉える場合は、余り差がなかった。
だが人間は、主体的に考えられるからこそ人間なのだ。人間の時代である21世紀においては、人間でなくてはできないことが再び重視される。今までの20世紀的、近代社会的な「組織の時代」の発想から脱することが求められている。「組織の時代」の弊害は、このように考えることにこそ存在意義のある人間を、「考えないアシ」にしてしまうところにあった。そう思って昨今のコンシューマ・マーケットを見てみると、案の定、組織が「作った」ものではヒットはおぼつかず、当ったモノは決って「創り手の顔が見える」ものとなっている。
そういう意味では、「作り手の顔が見えない」ような商品やサービスがヒットし、売上も利益も拡大してしまうような時代のほうが異常だったのだ。高度成長期の日本。それは一億総中流といわれたように、「甘え・無責任」に寄らば大樹の陰を決め込むヒトも、美しさや価値を見ぬく器のないヒトも、それなりにカネだけは貰えた悪平等社会であった。コンシューマ・マーケットでも、本来買うべきヒト、買えるヒトでなくても、ターゲットとされてていた。それが、市場を必要以上に拡大し、右肩上がりといううたかたの繁栄を実現していた。
こと日本においては、組織が作り、組織が売るという、「ヒトの顔の見えない商品」が罷り通ってしまった裏には、こういう事情がある。しかし、その多くはいわゆる「モノまね商品」であった。他社が出してヒットした。だったらその尻馬に乗ってしまおう、という寸法である。これを繰り返している限り、その企業には「考える能力」は生まれない。使うのは、延髄から下の能力だけである。よってこういう企業は、昨今の不祥事企業を見れば解るように、「考える能力」があってはじめて対応できるガバナンスやコンプライアンスで問題を起こすことになる。
こういう例は、飲料や食品はもちろん、家電品やクルマでもしばしば見られた。それだけではなく、元来創り手の顔が見えなくてはおかしい「趣味の領域」に属する商品にまで見られるようになる。それは高度成長にカラダが慣れ切ってしまい、そういう商品でも、欲が出て、数を売って儲けよう、となるからだ。そうすると、多くのヒトに受けそうなモノはなんだろう、と考えるようになる。これは、趣味の本質と真っ向から対立する。その結果、それは誰にとってもアトラクティブではなく、イマイチな商品になってしまう。
これは、レストランでも同じことがいえる。オーナーシェフが、万人好みのメニューや味付けをはじめても意味がない。セントラルキッチンで調理して、チェーン展開でどこでも近くで食べられる様にするというのなら、それはそれで意味があるだろう。しかし、自分の店にお客さんに足を運んでもらおうとするなら、それは違う。自分が食べたいもの、自分が好きなモノを出すべきなのだ。激辛でも、メチャクチャ味が濃くても、特殊な香料をいっぱい使っていても、その個性に惹かれるからこそ、わざわざお客さんがやってくる。どこでも食べられる味なら、わざわざ遠方から来たりはしない。
名著「失敗の本質」を例に引くまでもなく、「組織」の論理を持ち出すというこは、自分の責任から逃げることである。世の中は、リスクなくしてチャンスなし。それは、リスクから逃れる分、チャンスも遠いものとしてしまう。ヒトの心に訴え、ヒットに結び付けるには、自分の顔を見せ、自分が創ったことを世に問うことがなにより前提となる。それが自己責任の時代におけるマーケティングの本質であり、原点である。マーケティングはヒトがやるモノで、組織がやるモノではない。これを理解できるヒトだけが、これからのヒットをモノにできるのだ。
(03/12/12)
(c)2003 FUJII Yoshihiko
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