B/Sマーケティング






戦後日本社会の基調は、本来ある人々の間の差異に目をつぶり、誰にも共通に見える事柄をことさらあげつくろう「悪平等」にあった。それが行きついた最たるものが、「一億総中流」という発想だ。暮し向きを年収、フローベースで捉え、それが同じなら人間としての価値も同じという考えかたである。これを受けた形で、マーケティングも、ほとんどフローベースで発想されていた。ターゲットにおけるクラスタリングは、ほとんど年収ベースで行われていたことがこれを示している。

実際、世の中が貧しく飢えていた頃の消費行動は、それでほぼ語りきることができた。みんなストックがない。金は財布の中にあるだけしかない。という状態なら、フローベースでしか見ようがない。その意味では間違いではなかったといえるだろう。しかし、金融危機以降顕著になった「消費行動の変化」には、フロー中心の見方は無力だ。年収が同じでも、ヒトにより消費行動は全く異なる。年収そのものの違いより、資産の違いの方が、消費パターンに及ぼす影響が大きくなったのだ。

こと団塊の世代においては、それまでの高度成長期からバブル期までの流れの中で、悪平等、均質化への志向が強かっただけに、この数年の変化も大きい。実は、団塊の世代は、貧富の差が激しく高度成長の恩恵を受ける前の時代に人格形成をした世代である。もともと、世代内の階層格差が大きかった。だからこそ、同質化、均質化への志向が人一倍強かったともいえる。そのために、自ら「年収ベース」という差の出来にくい基準を作り出し、消費行動の基準としてきた。

ここに至って、虚構の同質化のメッキがハゲた。精一杯「年収」ベースで同質化を追求してきたものが、息切れしてきた。団塊の世代の中には、年収そのものまでデフレ化し、生活レベルの維持が厳しくなっている人たちも、基本生活費のデフレ化により、可処分所得が増し、充実した趣味生活を余裕を持って送れる人たちも、同時に存在している。全体のカサが大きいだけに、生活の厳しいヒトも、余裕の消費生活を送っているヒトも、ヴォリューム的には無視できないような大きさがある。

この違いを捉えるためには、「ストックが消費行動に及ぼす影響」という視点を取り入れることが必須である。世帯、個人レベルのバランスシートを考えてみる。持っている資産、長期の債権・債務を棚おろしし、現在の状況を記述する。このための新しい方法論が必要なのだ。とはいうものの、あまり細かく、難しく分類しても、新しい概念なだけに、理論に振りまわされることになりがちである。ざっくりと捉えられる視点が望ましい。ということで、次のような基準を考えてみた。

必要なのは、社会学的な分析ではなく、マーケティング的な視点からのクラスタリングである。このためには、大きくわけて、3種類のパターンを考えることが望ましい。まず、なにがしかの資産は持っていたとしても、全体としては債務の方が多い「債務超過型」。次に、バランスシート上は債務を引いてもなお資産がゼロかプラスにはなっているが、その資産はほぼ自分が住んでいる不動産によって占められる「塩漬資産型」。そして、自家用不動産以外の資産も持っている「純資産家型」である。

「債務超過型」には、基本的に住宅ローンなど将来的に債務を返却可能なヒトと、クレジット破綻者のようにその存在自体が不良債権化しているヒトがいる。後者はそもそも一般のマーケティングのターゲットたり得ない(個人破産請負の法律事務所とかはさておき)ので、それ以外のマジメに借入金を返済する気のあるヒトが中心だが、そもそもローンの返済金は景気弾力性に乏しいという特徴がある。したがって、金融危機以降のデフレ化の中で、相対的に返済額の負担が大きくなり、可処分所得が減っている。

「塩漬資産型」は、数としては一番多いかもしれない。ローンは返し終わったが、資産は今住んでいる家しかない、というのが典型的な人たちだ。だから、固定的返済がないか、あっても「債務超過型」ほど家計上の重圧にならない。また、結果的に、可処分所得は多くなっているが、資産は余り増えない。フローレベルでは上手く廻っているものの、ストックについてはないのと同じと言うことが出来る。結局、持ち家ではなく、借家で生活して全てをフロー化しているヒトと何ら変わりない。

さて、問題は「純資産家型」である。資産家というと、アメリカの資産家のように、基本的に資産運用でフローを生み出し、それで生活費を賄っている人達というイメージがあるが、これはちょっと実態とは違う。そういうヒトもいるにはいるが、極めて少数である。実は日本では、資産家といっても、いわば、「第二種兼業資産家」とでもいえるような人たちが多いのだ。この人たちは、資産は持っているが、日々の生活を支えるキャッシュフローは、資産の運用で得るのではなく、別に給与生活者としての「稼ぎ」を持っていて、そちらから得ている。

さて、この「第二種兼業資産家」の人たちもまた、ローン返済のような低弾力性支出が少ない。その分、金融危機以降が生活必需品がデフレ傾向にある恩恵をフルに受けて、可処分所得がどんどん増えている。話は変るが、そんなこともあって、昨今の状況では純金融資産が5000万円あれば、資産が減ることはないだけでなく、多少のリスク覚悟でうまくやれば資産が増える。1億以上あれば、敢えてリスクを取らなければ、特になにもしなくてもじわじわと増えて行く。この違いが、同じ年収でも、暮し向きの違いを生み出している。

このように、マーケティング上最も熱い視線を投げかけられているのがこの「第二種兼業資産家」である。旧来の年収ベースで測るなら、同年収の「債務超過型」「塩漬資産型」のヒトと同じクラスターになってしまう。しかし、現時点では、生活の余裕は全く異なる。片や、景気後退の波をモロに受け、決して楽ではないのに、片や、デフレメリットを満喫し、優雅に趣味生活を過ごすことが出来る。昨今の景気のいいオジさん・オバさんの存在も、この視点を持つことで、はじめて理解できる。

日本的な「資産ベースのマーケティング」が求められている。そのカギが、この「第二種兼業資産家」の意識や行動を理解することだ。彼らは、相対的に自己責任意識が強い。れは、それなりに「資産」を守り育てることが役割付けられているからだ。だから年金問題も相対的に関心が薄い。今なら、事業用不動産を一棟買いすれば、5〜6%で廻る。というより、そういう値付けになっている。一億現預金があるなら、イザとなれば年収500万や600万は固い。今一番金回りがいいこの層のマインドを捕まえたところが、こんな時代でも国内市場の勝ち組となれるのだ。




(04/08/27)

(c)2004 FUJII Yoshihiko


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