大衆とデータ





マス・マーケティング等では、「大衆に関するデータ」を大量に収集し、活用することが多い。しかし、このデータを読む上でかかせない問題意識は、データに現れた大衆の現状こそが全てであり、いかなる手段をとろうとも、「大衆は動かせない」ということを、常に念じておくことである。データの中に見出せる「現状」が、いかに望ましくないモノであっても、それを否定することはできない。「現状」が事実の全てという点こそが、大衆の大衆たる由縁だからだ。

一般に、データから読み取れる現実が、余り望ましくないモノである場合、「それをなんとかしたい」と思うことが多い。血液検査の結果、血中コレステロール値が基準値より高ければ、ダイエットとか食事療法とか、なんとかその値を減らそうとする気持もわかる。しかし、同じ血液検査でも、肝炎ウイルスやエイズウイルスへの感染が発見された場合は、そうは行かない。感染していることを受け入れ、それを前提にどう生きて行くかを考えるしかない。

社会データについても、これと同じだ。社会調査のデータ中にも、「正しいものがある。だから現状は間違っている。正しい方向に直すべきだ」という文脈で把握可能なものはある。いわゆる「ベキ論」のある領域での話だ。一般に、ハイブロウな知的エリート集団のあり方に関しては、てこういう「ベキ論」が成り立つことが多い。こと、そういう集団を前提とするなら、データからベキ論と現実のズレを把握し、それを修正する方策を探るという議論も間違いではない。

しかしこういう議論は、大衆相手には通用しない。だが、「ベキ論」的視点から大衆データを読むことが、しばしば横行している。それは議論をしている当事者が、大衆そのものではなく、学者やジャーナリストといった「知的エリート」であることによる。確かに「知的エリート集団」には、「ベキ論」は成立する。だから、彼らは「一般大衆」も同じだろうと買い被ってしまう。実は、その時点ですでに「大衆」の本質を見失ってしまっている。

大衆においては、すべて現状こそが真実なのだ。大衆に向かって何かをやるときには、それを受け入れるしかない。マス・マーケティングのデータの読み方の極意はここにある。ベキ論、理想論は通用しない。現状をファクトと認めるところからスタートする必要がある。いかに筋が通らなくても、いかに邪悪であろうとも、それを否定することはできない。大衆というのは、そもそも刹那的で自己中心的なのだ。

たとえば、「若者ほどアルコール飲料の消費量が少ない」というデータがある。これに対して、酒造メーカーがとるべき最適戦略とはどういうものか。「知的エリート」の「ベキ論」的発想で行くなら、「アルコール飲料の消費拡大キャンペーンを行う」ということになるだろう。しかし、これでは必ず失敗する。とるべき戦略は、業務レベルでいえば「数は少なくとも、必ず存在するヘビーユーザーに向けたブランドロイヤリティ獲得のためのキャンペーンを行う」であり、経営レベルでいえば、「ソフトドリンク市場への進出」である。

大衆の現状として、「アルコール消費が少ない」のだから、その事実は変えようがない。変えようとリソースを投入したところで、「暖簾に腕押し」である「アルコール消費が少ない」という事実を事実として受け入れ、その上で「そういう特性を持つ大衆」を前提に、いかに舵取りをするかが、大衆に対峙するときの極意なのだ。そういう意味では、大衆を相手にする「マーケティング」が、経営学における実学ではあっても、アカデミックな学問とは見なされていない理由もここにある。

さて、このような「大衆」に関する視点がにわかに必要となっている領域がある。それは、情報化やネットワーク化を論じる領域である。かつて、80年代から90年代にかけては、情報化やネットワーク化は、知的エリートが支える先端的領域であった。その時代なればこそ、情報社会論、ネットワーク社会論といった「ベキ論」も成り立った。しかし今や、インターネットやデジタルの領域、は大衆によって支えられる、いちばんコモディティーな世界となってしまった。

「Windows95でパソコンの夢は死んだ」とはよく語られることだが、まさにそれ以降の情報化は、情報世界の大衆化に他ならない。そして大衆がその主役となった以上、もはや「ベキ論」「理想論」の成り立たない、現実のあるがまましかない世界となってしまった。もはや、情報社会とはアカデミックに論じる対象ではなく、単なるマーケティング的な対象となってしまった。この期に及んで、まだ情報化やネットワーク化を論じようというヒトがいるようだが、笑止千万である。そういうことをやっているから、「学問は役に立たない」という悪評が広まるのだ。


(05/03/11)

(c)2005 FUJII Yoshihiko


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