議会制民主主義の罠






先ごろ、郵政法案が衆議院で可決された。この採決においては、与党内からも「造反議員」が続出し、薄氷を踏む可決だったといわれている。もともと守旧派の族議員の多い参議院では、可決か否決か、一層状況が危ぶまれている。もっとも、この自民党内部の分裂自体は、純粋に政策そのものの是非ではなく、小泉対反小泉という、「この後」の政局を睨んだ勢力争いという面が強いようではある。

しかしこの騒動の中で、議会制民主主義の持つ矛盾点が一気に噴出しているのも、また事実である。政局で抗争になってしまった以上、自民党自体に、党としての政策、あるいは路線といったモノを求める事はできない。また、個々の議員も先を睨んだ打算と思惑で行動しているわけだから、政治的な大局観を求めることは不可能である。

こういう状態になってしまった以上、この問題は「そもそも選挙で誰を選べばいいのか」という、構造的な問いかけを発していることになる。その第一の問題は、「果たして、議員は民意の代表たりうるのか」という点である。かつては、世の中の変化も緩慢であり、判断すべき変数も少なかった。このような状態ならば、反映すべき民意は、議員にも選挙民にも、明確に捉えられていた。

その最たる例は、アメリカの大統領選挙の「代議員」だろう。「代議員」は、自分としての意見を持つわけではない。民意をアタマ数として物理的に代表するだけである。これが一番単純な例だろう。こういう「定量的」なモノであれば、これは代議制でも何ら問題がない。しかし、議員が「判断」しなくてはいけない問題が出てくると、様相は一変する。全て起りうる課題に対し、前もってどういう判断をし、どういう対応をするかを、公開することは不可能だからだ。

これに対しては政党政治として、政党としての判断を行い、所属の議員に対し「党議拘束をかける」というやり方がある。しかし、このやり方を突き詰めると、生身の議員は要らないことになる。重要になるのは、株主総会の委任状合戦ではないが、各党の持つ議決権の数だけだからだ。すなわち、民意を的確に反映しようとすればするほど、議員は単に数だけの存在となり、各人の考えや意見を持つ必要はなくなってしまう。

その一方で、近年のネットワーク技術やIT技術が進歩がある。昨今なら、議員を選び議会を設置しなくとも、直接民意を問い、それに従った判断を行うことも不可能ではない。あるいは全員投票ではなくても、中立的な機関が常に世論調査を行い、その結果にしたがって政府が行政を進めれば「民意」は反映されることになる。これは、決して難しいことでもコストがかかることでもない。もしかすると、議会を設置し運営するより、はるかにコストパフォーマンスがいいかもしれない。

第二の問題は、「選挙で選ばれた議員は、「政治家」足り得るか」という点である。かつては議会を「良識の府」などという言い方があったように、自分に代って政治に関する判断をゆだねるべき相手を、議員として選ぶという考えかたもある。英語でいうなら、議員はPoliticianではなく、Statesmanであるべきだという考えかたである。もちろん、立派な見識を持った議員の方もいらっしゃるとは思うが、どちらかというとそうではない方のほうが明らかに多い。

これは選挙もまたヒトがヒトを選ぶ評価である以上、人間の評価における「バカの壁」が効いてきてしまうからだ。ストレートにいえば、「凡人が、哲人を見極め。選ぶことができるのか」ということである。今までここでも何度となく語ってきたが、そもそも世の中には、ヒトを見る目があるヒトより、ないヒトの方が多いのだ。そういう人たちが選挙する以上、議員は主として凡人によって選ばれることになる。

そして、選挙における決定原理が多数決である以上、ロクでもない人間が選ばれる可能性の方が高くなる。だからこそ現実の政治では、目先のメリットや利権供与によって意志決定がなされてしまうのだ。利益誘導をするほうがいけない、されるほうがいけない、という問題ではない。そもそも世の中のアベレージというのは、そのレベルでしかないというだけである。

このように、議会制民主主義に立脚する限り、高度な判断や意思決定は不可能なのだ。これを克服するには、政治的判断を、高度な人徳と英知を持った人材だけに任せてしまうしかない。究極的には、そのような人材が存在しうるならば、理想的な人格を持った皇帝が一人いて、全てを判断するのが理想的である。そこまで行かないまでも、凡人が数を頼りにしている限り、理想的な未来はいつまでたっても手には届かない。そろそろ議会制民主主義を疑う時がきていることを、この問題は指し示しているのだ。


(05/07/15)

(c)2005 FUJII Yoshihiko


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