強い勝ち馬






20世紀の後半、社会主義体制の敷かれた国々は、ソ連、中国をはじめ、ユーラシア大陸の中央部を中心として、東西に広がっていた。例外はあるものの、鉄のカーテンと呼ばれたこれらのエリアは、13〜14世紀にその版図を拡げた、モンゴル帝国の支配が広がった地域と近いものがある。ある意味で、それらの国の体制は、マルクスの考えたユートピアとしての社会主義というより、この地域固有の心情や嗜好を反映したものと考えた方がいいかもしれない。

これを考えるには、チンギス・ハンに始まるモンゴル帝国が、どうして怒涛のスピードで中央アジアに覇権を築けたのかを見てゆく必要がある。モンゴル軍団が他の民族を皆殺しにして支配を拡げた、という伝説があるが、それは、キリスト教圏的な価値観、ヨーロッパ的な価値観に基づき、既存秩序の破壊者としての「モンゴル憎し」という感情がベースになった、文字通りの「伝説」である。実態はそういうものではない。実はモンゴルの勝因こそ、この地域に住む人々の特性を利用したものなのだ。

全ての部族や都城を敵に廻して、大立ち回りや大殺戮をやったのでは、どんなに強力な軍勢でも、エネルギーを消耗してしまう。事実上、そんなことは無理である。また、遊牧民族にとっては、国は、エリアにより規定されるものではなく、「部族連合的」つながりにより集まったアタマ数により規定されるものである。多数を敵に廻して領土を取るのではなく、多数を味方につけた方が、「強い国」になるのだ。そうであるなら、家来にすべき相手を殺しても、全く意味がない。

ここで重要なのは、遊牧民族特有の行動様式だ。覇権を競うトップ同士は、熾烈に戦うが、他の部族やオアシス都市は、その流れを見ていて、勝ち負けが見えてから、旗色のいい方につく。ひとまずは、当事者でない限り、直接には闘わずに、形勢をじっくり見ている。雌雄が決すると、一気に勝ち馬に乗ろうとする。だからこそ、覇権を求める者にとっては、有力者同士の闘いに勝つことが大事だし、勝ちさえすれば、周りはついてくる。

これが、モンゴル軍団が、短時間に広い範囲で覇権を勝ち得た理由だ。強ければ、みんなが味方につく。今の親分より強い親分が現れれば、あっさり鞍替えする。これが、遊牧民の「生活の知恵」である。よく値踏みをした上で、強いほうにつく、勝ち馬に乗りたがる体質。実は、この気風は、1000年経っても全く変らなかった。これは、中央ユーラシア地域に共通する生きかたなのだ。

従って、これらの地域で「社会主義体制」が打ちたてられたのも、そちらについた方がご利益がある、とみんなが思ったからと考えるべきだろう。近代に入ってから沸き起こった、西欧諸国による「地球の分割」の中で、自分たちのアイデンティティーを保つためにのるべき勝ち馬として、「社会主義」が選択された。これは、イデオロギーでもユートピアでもない、現実的な選択と考えるべきた。

しかし、それだけに、より強い「大樹」が現れれば、そちらに転ぶことになる。常に勝ちつづける勝ち馬がない以上、勝ち馬に乗り続けるためには、より強い勝ち馬を探してそちらに鞍替えすることになる。このようなマインドに基づく限り、制度的に守られた「社会主義」の強者より、競争原理に勝ち残った強者の方が、より強靭でタフだとわかったなら、そっちの方に乗りかえるのに躊躇はないハズだ。

こう考えると、ロシアや中国においては、19世紀以来、市場原理を基本としてきた、西欧の先進国以上に「熾烈な競争市場」が出来あがっている理由もわかってくる。これらの国の「市場原理」とは、何でもありで、極めて「ハイリスク・ハイリターン」なものとなっている。ある意味で、ギャンブル的なマーケットとさえいえる。しかし、その市場で勝った者にとってのメリットは極めて大きい。

勝った者に与えられる「実利」が大きければ大きいほど、勝った者の魅力は増す。そうすれば、廻りの多数は、圧倒的になだれを打って味方につく。そうなれば、実質的に自らが「スタンダード」の規定者になれる。市場から得られる「直接的なメリット」だけでなく、そういう社会的なメリットも大きいからこそ、「ハイリスク」でも魅力がある。これは、彼らにとってはいたってナチュラルな選択だといえる。

西欧諸国が覇権を持った「近代」とは、人類の歴史にとってはホンの一瞬である。その「近代」の中で生まれ育った我々にとっては、「近代」の常識こそがスタンダードだと思い込みやすい。しかし、実は「近代」というもののほうが、歴史の特異点なのだ。統計処理で、異常値を排除することで精度を高めるように、未来を考える上では、「近代」の影響を排除し、100万年の人類史の延長上で見てゆく必要がある。


(05/12/09)

(c)2005 FUJII Yoshihiko


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