階層化は「進んだ」のか?





三浦展氏の「下流社会」が大ヒットとなって以来、「階層化」が一躍社会的な話題となった感がある。もっともここ数年来、山田昌弘氏をはじめ、「階層化の進展」を唱える学識者も多くなっていたし、ジニ係数が漸増している傾向を捉えて、所得格差の拡大を指摘する論調も目立つようになっていた。少なくとも90年代以降の日本社会は、バブル期までの「格差縮小社会」とは一線を画すものであることはまちがいない。

しかし、そもそも階層分化とは一朝一夕に起ることではない。長い時間をかけて、じわじわと進行する現象である。ある日、宝くじに当って資産が突如増えることはあっても、それで一気に上流階層の仲間入り、というワケにはいかない。金さえあれば「成金」にはなれるだろうが、上流階層とは、その資産と見合った「人格」を伴ってはじめて成れるものなのだ。

そういう意味では、階層化は決して今に始まったことではない。というより、日本社会は、その潜在記憶の中に、階層性をずっと刻み込んでいた、というべきだろう。ほんの50年前ぐらいまでの日本社会は、戦前の自由主義的社会の流れを汲み、階層が色濃く残っていた。それが、高度成長の波の中で忘れ去られ、あるにもかかわらず認識されなくなってしまったというだけのことである。

もっとはっきりいえば、「無産階級」による権力の掌握であった「40年体制」が、戦後民主主義という強い援軍を得て花開く中で、階層性は「あってはならないモノ」として隠蔽されたのだ。官庁関連の統計の作業経験を持つヒトにハナシを聞くと、統計調査を分析した結果として、階層化傾向を抽出しては「いけない」モノだったようである。どうしても出てくるときには、その傾向が「減少」しているという文脈でしか取り上げてはいけなかったという。

結局「一億層中流」とは、「40年体制」が求めた「日本型社会主義(国家社会主義といってもいいが)」を正当化するためのプロパガンダ以外の何物でもなかった。まさに「一億総中流」こそが幻想であり、その催眠術が解けてしまった、というのが実際のところだ。とはいっても、確かにバブル期までは、所得格差が縮まる傾向にあったことも確かであり、その数字のマジックに踊らされていたということもできるだろう。

さて、90年代半ば当りから、マーケティングにおいては、CRMが大ブームになってきた。コンピュータ化の進展により、大規模な顧客データベースを持ち、購買等の履歴データを大量に蓄積できるようになったため、それまで理論としてはあっても実践が難しかったマーケティングテクニックが、個別顧客を対象に実施可能になったことが大きい。データ先行だったこともあり、当初はいろいろなマイニングテクニックが試されたものである。

そんな実験と実践の中から、得られた経験値として、百貨店のポイントカードなど、広範な購買データを蓄積したデータベースにマイニングをかけると、データが豊富であればあるほど、出てくる結果は階層そのものに限りなく近づく、というものがあった。年収の違いだけではなく、資産の違いも加味しなくては、顧客データは読めないという事実は、現場のノウハウとも一致し、CRM関係者にとっては、すでに90年代からある種の常識でもあった。

実際、同じ年収であっても、親譲りの家をすでに持っている人と、ローンや家賃の支払いを抱えている人とでは、消費にまわせる金額が大きく違うことは、生活実感としてもしばしば感じられたことである。実は、「第2種兼業資産家」と定義した、すでに家も持っているし、金融資産もかなりの額持っているヒトは、「人並みの生活」をしていると、給料のかなりの部分が余ってしまい、ますます資産が増えてしまうというのが、実際のところだったのだ。

ポイントは、このように「一億総中流」の横並びを維持するためには、「持たざる人々」は相当に無理をしていたところにある。右肩上がりの時期なら、そのような無理も、「後づけ」で帳尻を合わせることができた。しかし、バブル崩壊後状況は変化し、97年の金融危機以降決定的となった。この結果、もはや「後づけ」ができない以上、「無理な横並び競争」から降りたいと感じる人が増えてきた。

昨今の「階層化」とは、その結果として「中流にとどまる努力」をヤメてしまったヒトが増えたことに他ならない。所得が変化したわけでも、資産が変化したわけでもなんでもない。「総中流」の中にも少数の富裕層と多数の庶民層がいることを、自ら認める傾向が強まってきたというだけのことである。いわば、「40年体制」崩壊の余波である。「階層化」議論の高まりも、この文脈の中で考えないと、結論を見誤ってしまうだろう。


(06/03/03)

(c)2006 FUJII Yoshihiko


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