ネタの賞味期限






全国的に注目を集めた、衆議院千葉7区の補欠選挙は、事前の予想通りの接戦の結果、民主党の太田候補が当選した。この結果に対し、既存のメディアや評論家の論評としては、小泉首相の「劇場型選挙」が飽きられ、小沢党首の政策論争が効を奏した、とするものが多い。確かに、小泉首相は政策や戦略にはめっぽう弱いし、その一方で小沢党首がそれらに強みを持つの確かだ。だが、実際の選挙がそこで決まったと考えるのは、あまりに短絡的である。

有権者から見れば、選択基準が本質的に変ったわけではない。有権者がそもそも政策に興味も関心も持たないという状況自体は、全く同じである。こういう状況では、有権者は何を基準として投票する相手を選ぶか。それは、どの候補に投票するのが「一番面白いか」ということである。選挙戦そのものが面白い方、さらには選挙後の展開が面白い方、その期待があるから、投票所に足を運ぶのだ。これはもはや、国民の権利でも義務でもなんでもない。ある種のイベントなのだ。

そういう視点から見ると、この結果は「民主に勝たせた方が面白い」と有権者が感じたからこそもたらされた、ということになる。小沢党首の真っ当な政策論も、どちらが面白いか、というネタ比べの中で、より新鮮で面白くとらえられた。だからこそ、この結果を生んだ、ということになる。言いかえれば、劇場型選挙自体は変らないものの、小泉首相が今回も出したネタでは、もう飽きられてウケは取れなかったのだ。

まさに、今の日本においては、国政選挙というのは、視聴者が選ぶ「勝ち抜きお笑い選手権」なのである。ネタがウケるかウケないか。これは、ある意味で真剣勝負だ。大ウケしたネタが、必ず次もウケるワケではない。しかし、ネタの効果がある限りは、繰り返し使った方がリスクは少ない。また、定番のオチにできれば、これを出すだけで充分にウケを取れる。しかし、中途半端に同じネタを繰り返すと、「新鮮な一発屋」には、決定的に弱い。

どうやって新しいネタを出し、常にウケを取るか。また、相手がどういう芸風で、どういうネタを出してくるかによっても、出すべきネタは変ってくる。これを、自分のもつリソースの中で実現しなくてはならない。これを続けて、5週とか7週とか勝ち抜くのは、相当な実力を求められる。昨今の選挙の流れは、ほぼこのようになっている。政党のリーダーは、まさに5週勝ち抜きをめざす芸人なのだ。

その意味では、「政策論争」もストロングスタイルではあるが、「芸風」である。お笑い選手権にたとえれば、小泉首相の芸風は、ドタバタの勢いで笑いを取る、スラップスティックスタイルのコメディアンといえる。これはこれで強力だし、コントの題材を変えれば、同じパターンでもバリエーションが作れる。それに対し、小沢党首の「政策論争」は、古典落語の基礎を持った噺家出身の芸人のようなものである。

お客さんが、そろそろドタバタにも飽きてきた頃に、大人も笑えるような深みのある芸人が出てくれば、これは新鮮なインパクトがある。今回の自民党の敗因は、賞味期限の切れたネタを、また使ってしまったところにある。もともと、「勢い」に多くを負う芸風は、一旦飽きられると、全然ウケなくなるリスクが高い。こういうタイプの芸人は、どこまで使えるかにいつも気配りをしながら、ネタを使う必要がある。

小沢党首の戦略は、確かにある意味では古典的だし、正統的なやり方ではある。しかし、それが結果につながったプロセスは、古典的・正統的なものとは全く違う。劇場型は劇場型なのだ。ここをはきちがえると、今後勇み足をすることになる。しかし、正統派のベースを持つ芸風は、ネタの引出しが多く、臨機応変いろいろな局面に対応しやすいメリットもある。ここをはきちがえなければ、当面、相当強力なネタを出しつづけられるだろう。



(06/04/28)

(c)2006 FUJII Yoshihiko


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