コモディティーを狙え





「個の時代」といわれて久しい。マーケティングにおいては、80年代から「価値観の多様化」「個性化による脱マス」などと叫ばれてきたのだから、かれこれ20年以上になる。そういわれ続けているワリには、未だに「メガヒット」や「今年のトレンド」みたいなブームは、相変わらず続いている。果たしてマスはなくなったのか、それともマスは存在し続けているのか。存在しているとしても、高度成長期とは、その姿を変えてしまったことは確かだ。

現象として捕まえられる以上、今も「ヴォリュームゾーン」が存在していることは確実である。この層を捉えられれば、それなりのスケールメリットを生かした商売ができることもまた事実である。そういう意味では、問題は、今までのやり方ではヴォリュームゾーンの捕まえられないところにある。実は、「マスがいなくなってしまった」のではなく、「今までのやり方ではマスが捕まえられない」だけなのだ。

この構造的違いは、高度成長期の消費マーケットと、ドルショック・オイルショックを経て安定成長期に入ってからの消費マーケットを比較することにより明確になる。高度成長期の消費マーケットの特徴は、何より「貧しく・飢えていた」点にある。一見自虐的な表現に見えるが、実際当時の日本は、世界の中でも決して豊かな国ではなかったし、国民も、食うや食わずで生活に追われていた人々がほとんどだった。

戦前の日本経済の最盛期は、昭和12〜13年頃といわれているが、戦中戦後のインフレや混乱期を経て、経済指標や生活水準がそのレベルまで復活したのが、昭和30年代の初頭である。ちょっと前まで、バブル崩壊以降の混乱に翻弄された90年代を、「失われた10年」と揶揄するコトが流行ったが、それを借りるなら太平洋戦争の混乱は、いわば「失われた15年」とでもなるのだろうか。とにかく、昭和前半の日本は、開発途上国だったのだ。

国民経済がこういうレベルなので、高度成長期の消費者は、当然「何も持っていない」状態である。キャッシュフローは、ほとんど最低限の「食うため」に使われてしまうため、家財はほとんどない状態だった。何のことはない。高度成長期のマスマーケティングとは、この「何も持っていない」人たちを相手に、0からモノを売ることだったのだ。まさに、「いいモノを安く提供」すれば、それだけで飛ぶように売れた理由もわかるというものだ。

しかし、耐久消費財や生活インフラは、簡単に腐ったり使いきったりするものではない。最初の世代は「持たざる者」だったのが、次の世代では「生まれたときからあるのが当り前」になる。かくして、最初は持っていないターゲットを対象に、ステイタスや夢を煽れば面白いように売れまくった商品も、世代交代とともに、「なきゃ困るが、あって当り前」の生活必需品、すなわちコモディティー商品となってしまうのだ。

日本の製造業は、製造技術や製品の質という面では、今でも圧倒的な優位性を持っていることは間違いない。しかしそれは、同種の製品をすでに持っているヒトに、買い替えを促すためには、何の役にもたたない。それらを含めて、ハード面の全てが「当り前」のケイオスの中に霧散してしまうからだ。大事なのは、製品を使ってどうのこうのということではなく、製品の外側にある生活気分の変化にある。そこを刺激できてはじめて、コモディティーの差別化は可能になる。

これは、テレビでも冷蔵庫でもエアコンでもそうだし、自動車や電話、パソコンもそうである。携帯電話やインターネットも、登場して10年以上。普及速度が速かっただけに、もはやコモディティーの領域にある。ここで問題なのは、日本の多くのメーカーが、高度成長期の「持たざる者」の上昇指向を煽るマーケティングのノウハウしか持っていないところである。

コモディティー商品は、必需品であるがゆえに、コモディティーならではの付加価値を提案して差別化を図らなくてはならない。機能やステイタス性といった、旧来の耐久消費財の付加価値では見向きもされず、けっきょくは価格競争のデフレ合戦に陥ってしまうのがオチである。だが、日本のメーカーの多くには、この「コモディティーならではの付加価値」を生み出すマーケティングノウハウがないのである。

かくして、自動車や家電品などの国内市場は、低迷を続けることとなってしまう。こういう商品は、もはや「どうだ、スゴいだろう」とか「こんなに立派なんだぞ」という感じに構えてしまったのでは、売れるものも売れなくなってしまう。売る側の論理の「押し」では、もはや勝ち目はない。そうではなく、「これがあると、こんなに居心地がいい」とか「こんなにまったりできる」とか、買う側の「楽しさ」「心地良さ」に訴えかけなくてはいけないのだ。



(06/11/17)

(c)2006 FUJII Yoshihiko


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