西欧的






性善説と性悪説というものは、元来、どちらかだけが正しいという「二項対立」的な存在ではない。どちらの立場で考えるのがより妥当かという、TPOにあわせたスタンスを示すものである。そういう意味では、民主主義という考えかたは、あくまでも性善説に立っている。人間というのは、もともと真っ当で良識ある存在である、というのが、民主主義を正当化させる根拠になっている。

確かに、知的レベルが高く、広い視野をもった人材が集まっている場ならば、「多数に支持される意見ほど、より妥当な選択である」という、民主主義の原理は成り立つ。しかし、ここで問題なのは、こういう「知的レベルが高く、広い視野をもった人々」というのは、人間全体の中では、常に少数派である点だ。人類の大部分を占める「大衆」の多くは、決してこういう人たちではない。

大衆とは、人間力にとぼしく、自制心にとぼしい人たちである。それは事実であって、悪いことでもなんでもない。全ての市民が「ノブリス・オブリジェ」をわきまえている社会など、それができれば極めて理想的ではあるが、実現は不可能である。それに、そういう社会は決して居心地がいいとは思われない。多くの人間が憎めない「俗物」であるからこそ、社会というのは楽しいし、人生も面白いのだ。

そういうワケで、百花繚乱な楽しい社会と民主主義とは、実は両立しない。現代のような大衆社会の中で民主主義を良しとするためには、「ノブリス・オブリジェ」がある人間とない人間とを、一級市民と二級市民とでもいうような形に分ける必要がある。そして、民主主義が成り立つのは、責任感のある一級市民の間だけとし、二級市民は権利もない代わりに、責任も問われないというシステムを構築する必要がある。

なんのことはない、これは「階級社会」そのものではないか。民主主義が機能するためには、階級社会にせざるを得ないのだ。日本には、昔から西欧社会を信奉する人たちがいる。それも、「自称インテリ」みたいなヒトに特に目立つ。確かに西欧の国々は、世界全体の中で見れば、まがりなりにも「妥当な判断力」を持ち合わせている。しかし、それをもたらしている要因は、「民主主義社会だから」ではなく、「階級社会だから」なのだ。

イギリスしかり。市民革命で古い貴族制を打破し、文字通り「ジェントルマン」であるブルジョワとワーキングクラスという、近代特有の新たな階級制度を構築した。フランスも、ブルボン王朝の絶対王政と貴族制度こそフランス革命で打破したが、そこに新たな貴族階級といえる官僚階級が確立した。これにより、強力な官僚制国家が誕生し、一般大衆が即権力を握るのではない、フランス的な階級社会を構築した。

先進西欧国家は、中世的ではない、近代的な階級社会の構築に成功した。だからこそ、国際社会の中でも、独自の優雅な存在感を発揮できるのだ。これを「良識ある存在」として崇拝する傾向は、明治以来、日本では根強い。それは日本が江戸時代すでに、大衆社会といえる社会構造を完成させていたからに他ならない。「西欧に追いつく」べく、明治政権は「近代的階級社会」の構築のためにあらん限りの努力をした。

しかし、世界的な大衆社会化の津波が押し寄せるほうが早く、20世紀初頭には、江戸時代以来、日本では経済・文化面でリーダーとなっていた「大衆」が、まさに、政治面においてもリーダーとなり、愚衆政治を現出させていた。極めて政治的・戦略的に正しい判断であったアメリカの仲介による日露戦争の講和に、「世論」が猛反発し、デモや暴動まで起こったという事実は、このメルクマールと捉えることができる。

階級がない、愚衆政治の弱さは、同様に17世紀から大衆社会化が進んでいたアメリカにおいても、同様でに見られる。アメリカが、イギリスやフランスといった階級のある西欧先進国に対して持つコンプレックス、欧州の君主国に対して持つコンプレックスはよく指摘される。これは超大衆社会化していることと、実は同根である。責任を取りうる人間は、無責任な人間も同じ権限を持つことを問題視したがり、責任を取りたくない人間は、自分に責任のお鉢が回ってくることを拒否したがる、ということだ。

ドイツやイタリアもまた、新たな支配階級の構築に失敗したまま、大衆社会の時代である20世紀に突入したため、大衆自らの選択として「ファシズム」を選ぶ結果に終わった。これは、「共産主義」を選ぶことになったロシアも同様である。西欧の国々を評価し、信奉する人々の気持ちも、わからないではない。しかし、その美点は、階級社会であるがゆえのものである。決して民主主義だからではない。そもそも大衆は責任がいやなのだ。そういう人たちが、真っ当な判断を下せるわけがない。




(07/04/20)

(c)2007 FUJII Yoshihiko


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