リスクはチャンス






昨年来続いている原油価格の高騰が、資源全般の高騰につながり引き起こされた、世界的なコストアップの圧力に耐え切れず、日本でも値上げラッシュが続いている。食料品や日用品では、旧価格での原材料の備蓄や、コスト削減努力でも吸収できなくなり、背に腹は変えられず、窮余の策として値上げに踏み切らざるを得ない、というような、受動的な値上げが目立っている。その裏には、価格競争が激しいので、できるだけ値上げしたくない、という意識が見え隠れする。

しかし、そこに追い込まれているということ自体、すでに「負け組」という証である。コモディティー・マーケティングにおいては、価格破壊競争に入った時点で、勝者のない無間地獄に陥ったも同じなのだ。値上げをチャンスにできなくては、コモディティー・マーケティングでは勝ち残れない。それは、コモディティー・マーケティングのカギが、必需品だからこそ、あって当たり前のものだからこそ、コダわって選びたいと思わせる、コモディティーならではの差別化にあるからだ。

商品を全く変えずに、同じもののまま値上げしても、全く意味がない。それでは、自ら競争力を落とすだけである。価格を据え置いて、量を減らすなどもってのほかだ。それでは、姑息な商品、姑息なブランド、というイメージをもたらすだけである。ここで、コモディティー・マーケティングの勝者が取る戦略は、「商品の質を向上させ、値段も上げる」ことにある。値上げ圧力を味方につけ、「値上げしたけど、その分質の上がった別の商品にグレードアップする」戦略である。

確かに、この戦略では、単純な売上数量は減るかもしれない。だが、ヴォリュームゾーンは元々、価格でしか動かない層である。その数だけを頼りにするのが、すでにコモディティー・マーケティングとしては間違いなのだ。高品質で高価格な商品を選ぶ消費者は、数としては限られている。だからこそ、それでもついてくる消費者だけを、ブランドにロイヤリティーのあるカストマーとして選別することが可能になる。これが、勝利の方程式の第一歩になる。

値引き競争、価格破壊合戦になってしまうと、総力戦となり、著しく経営体力を消耗するのみならず、ブランド価値を毀損するため、結果的に価格戦の勝者となっても、販売価格を再値上げすることは不可能になる。けっきょく、シェアは取れるものの、高付加価値経営を実現することはできない。だからこそ、価格競争はコモディティー・マーケティングの敗者しか生まない。その底なし沼に足を取られることなく、自分の土俵をキチンとキープすることが、コモディティーにおけるブランディングの目的でもある。

このように、コモディティー商品においては、いやコモディティー商品だからこそ、貧民であるマスをいかに取ったところで、そこからは利益は生まれない。付加価値を見出し、そこに金を支払うことを惜しまない財布を持っているターゲットのロイヤリティーをがっちりつかむことが、なによりポイントになる。大衆社会しか知らない日本の消費財メーカーの多くが、ここをはきちがえている。この点、階級社会に育った欧州の消費財メーカーは、ブランディングがウマい。

コモディティー商品だからといって、売り方は価格競争だけではないのだ。確かに、シェアを取るためには、価格破壊は強力な戦術だが、副作用も多すぎることを忘れてはならない。それに、コモディティー商品だからこそ、広く浅くでは、利益を生み出せない。電力、通信、鉄道といったインフラビジネスでは、広く浅くでも、確実にキャッシュフローを生み出すことができるが、実体としての商品の流通を伴うビジネスでの「広く浅く」は、余りにリスクが大きい。これは、小売における万引被害のリスクを考えれば、すぐわかるだろう。

幸い、日本の消費者は、まだまだ喰うに困っているワケではない。それなりに、余裕と希望のある生活ができている人のほうが多いのだ。その気にさえなれば、財布のヒモを緩めることはできる。たとえば、エコ・健康などは、それを気にするヒトにとっては、付加価値となりうるし、+αのお金を支出する要因となる。健康を考える人にとっては、健康にプラスになるのであれば、食品に対する支出の弾力性は極めて高くなる。コモディティー商品だからこそ、この弾力性が重要になる。

高血圧が心配な人は、高くても減塩しょうゆを選ぶし、メタボが気になるヒトは、コレステロールの少ないドレッシングを選ぶ。もちろん、お金がないヒトならこういう付加価値より「安い目玉商品」にひかれるだろうが、健康に対する支出ができるぐらい財布に余裕があるヒトなら、毎日の必需品だからこそ、付加価値の高いものをあえて選ぶことになる。コモディティー・マーケティングにおいて、値上げをチャンスに結びつけるカギはここにある。

圧力に屈して、仕方なく受動的に値上げするのではなく、今までの価値観とは全く異なるスキームを提示し、それに見合った新しい価格体系を提示する。これができれば、値上げもデメリットだけではない。昨今の情勢を見ると、日本企業でも、こういう戦略を取れるところが出始めている。頼もしい限りであるが、これが実はグローバルスタンダードなのだ。とにかく数を取ればいい、という考えかたは、資源価格の高騰の中で、一旦捨ててしまおう。かつて日本企業は、危機的状況をバネに改革を行ってきた。そう思えば、この状況も、日本企業が生まれ変わるためのいいチャンスといえるかもしれない。



(08/06/13)

(c)2008 FUJII Yoshihiko


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