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今年は、スタイリッシュなライフ誌やファッション誌がいくつも創刊されるなど、50代女性に新たなスポットライトが当たりはじめた年といえる。思い起こせば三十数年前、an-an、non-no等の新しいタイプの女性誌の創刊とともに、若い女性が消費マーケットとして注目され、1970年代を通して、もっとも重要な消費ターゲットへと進化した。その時の主役であった女性たちと、今回着目されている女性たちとは、ほぼ同一の世代である。いわば、女性マーケットを変えてきた世代が、いま50代を変えているのだ。

そういう意味では、これは一過性の現象ではない。女性マーケットの本質的な構造変化が、50代にまでおよんだ、と考えるべきだ。ある意味、日本の社会が、常識が、根本的な変化を迎えようとしているのだ。今後、21世紀の日本や日本の大衆社会が、一体どこへ向かうのか知るためには、この50代女性の変化を知ることがなによりもカギになる。そこで、すでに現実のものとなった、50代女性、というより厳密には1950年代生まれの女性、具体的には1951年から1960年生まれの女性の変化がもたらす影響を考えてみよう。

これにより起こるであろう大きな変化には、3つの方向性が考えられる。まず最初は、消費者としてのF3層の活性化である。すでにバブル期から「シニアマーケット」とか「熟年マーケット」とか、中高年層が消費の大きなターゲットとなるだろうという予測はなされてきた。しかし今回の変化は、そういう中高年層「も」重要になる、というレベルのものではない。まさに、消費の主役が、F1層のような若年層ではなく、50代を中心とするF3層になるのだ。

これはひとえに、この1950年代生まれ層が、20世紀後半の日本社会の中で経験してきた、特異なライフパスによりもたらされるものである。高度成長の成果を「当たり前」のモノとして育ち、情報化の波を所与のものとしてとらえ、バブル期の消費を主役として経験した。このような「刷り込み」と自由さは、これ以前の世代にも、これ以後の世代にもないものである。したがって、彼女たちが商品やサービスを選別するカギは、表面的なブランドや人気ではなく、本質的な質や価値の高さにある。

いままでの日本には、こういう「大人」の消費者はいなかった。彼女たちが、消費の主要なターゲットとなることで、はじめて、ヨーロッパのようなオトナのマーケットが起ち上がることになる。これが、第二の変化である。懐具合は近くても、「成金」と「リッチな大人」は、全く消費行動が異なる。この「リッチな大人」的な行動をとる消費者が、はじめて登場するのである。今まで、価格破壊か、はたまた成金向けマーケティングしか知らなかった日本企業にとっては、これは大きなリスクである。

しかし、ヨーロッパ系の企業については、さらなるチャンスになるだろう。また、日系企業にとっても、このターゲットをうまく攻略できれば、新たなグローバル展開のための橋頭堡となることは間違いない。このような「大人の消費」とは、まさに文化である。これができてはじめて、日本も文化的に一流の国といえる。そういう意味では、アジアの国々に対しても、経済発展の先にあるべきモノが何かを身をもって示すことで、経済発展の先にあるべき文化国家の姿を示すことになる。

第三の変化は、経済的な影響とはちょっと違う。それは、社会的倫理観の変化である。この層の上の世代は、団塊世代に代表されるように、「ヒトは結婚して家庭を持って一人前」という価値観が強く残っていた。この層の下の世代では、「結婚しない女」といわれたように、「甲斐性のない男と結婚するぐらいなら、独身でいたほうがよほど幸せである」という考えかたが主流となった。この世代の女性は、まさにその中間として、「自分の人生は、今の旦那と結婚して幸せだったのだろうか」という疑問を、かなりの割合で抱えているのが特徴である。

甲斐性のある男は、カウントの方法にもよるが、多くて男性の3割である。したがって、この世代の既婚女性の3割も、現状の家庭に満足しているものと思われる。問題は、残りの7割である。この層が主要なマーケットとなった裏には、自分自身に対する強力な自信がある。それだけの自信を持っている女性が、子供も手離れした状況で、現状を受け入れ、我慢できるだろうか。少なくとも、7割のうちの半分、全体としても3割強は、人生をリセットして、残りぐらいは、自分らしく、楽しく生きたいと願うはずだ。

かくして、離婚や不倫は、いつでもどこでも見られる社会通念となる。それはある面、女性自身が自分に賭ける消費、異性間での交際に伴う消費を活性化させる。それらの消費は、非日常的であるがゆえに、極めて付加価値が高い。こういう「大人の高付加価値消費」というのは、今までの日本では、ごく限られたヒトたちの間でしか見られないものだった。それが、ある意味、日常的に行われるようになる。プレゼント一つにしても、大人のプレゼントとガキのプレゼントは違うのだ。副次的にではあるが、これまた大きな経済活性効果がある。

また、倫理観が変化すれば、不倫や自由恋愛がより下の層へも波及するだろう。そうなれば、甲斐性のある男を取り合って、「未婚の母」が増えることになる。これも、少子高齢化を防ぎ、人口バランスを回復するためには、唯一無二の特効薬となる。そう考えてゆけば、50代女性マーケットの活性化こそ、日本社会そのものを活性化するなによりの秘策である。社会というのは、生物体と同じように、自律的な回復力がある。そう思えば、元気なF3層とは、まさに神様が日本に与えてくれた思し召しということができるだろう。



(08/11/21)

(c)2008 FUJII Yoshihiko


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