元祖「おたく」の時代(その6)





今まで見てきたように、ある意味、ひらがな「おたく」の存在とは、社会全体を包んでいた「80年代的状況」の一環として捉えることができる。それは、メインストリームの側からの、「マニア的タコ壷」の公認が「おたく」を作り出したからだ。そこに入っている限りにおいては、70年代前半の「裏街道」のように、存在を脅かされる心配がないだけでなく、社会的な居場所にさえもなってる。これは「おたく」的世界が、ビジネス面で公認されることにも繋がる。

マニアックなものも、それなりにビジネスになり、ニッチマーケットとして存在感を持つ。それは、マス・マーケティングから、多品種少量マーケティング、分衆・小衆マーケティングという、80年代を通したマーケティングの変化の中で、その他のタコ壷的セグメントと同様の文脈の中から、次第にその存在が水面上に浮き上がってきたからだ。そして、「おたく的なるモノ」の間からは、大きなビジネスさえも生まれだすことになった。

ゲーム業界などは、その最たる例であろう。コンピュータゲーム自体、もともと、マニアの趣味的なところからはじまったものだ。初代ファミコンがブームになった80年代後半でも、パソコン用ゲームを中心に、アマチュアともプロともつかない「プログラマ集団」が作ったゲームがソフトマーケットのかなりのシェアを占めていた。それらの面々が、そのままビジネスに取り込まれ、現在の、世界に冠たる日本のゲームソフト業界が出来上がった。

今や、社会的インフラとしてすっかり定着したインターネットも、これと同様の経緯を持つ。日本のインターネットのルーツは、junet協議会にある。各大学の研究室に敷設したLANを相互に繋ぎ、WANを作ろうとしたのが、その嚆矢である。当時TCP/IPを理解し、推進していたのは、システムベンダー業界ではなく、ボランティア的な「LANマニア」であった。そしてそれらの面々が、今のネットワーク関連ソフトハウスの核となっている。

こう見てゆくと、ひらがな「おたく」に社会的存在が認められたことが、同時に、カタカナ「オタク」への道を内包していたことがわかる。当初のマーケットこそ小さかったものの、そこにはすでにマス化する可能性を持っていた。大量の消費者さえ存在すれば、そのままの構造で、いくらでもマーケットは拡大し得る。そのカギは、マスがそれを求るかどうかだけにかかっている。その後、ニッチが王道になってしまったというのは、単なるマーケティング上の問題でしかなかったのだ。

昨今、ロングテール・マーケティングについて語られることが多い。インターネットが幅広く普及したので、ロングテールが商売にしやすくなった、というのは確かだが、ロングテールのマーケット自体はインターネットが生み出したものではない。「行動規準が、社会的規範から個人的規範へ」という流れの中で、大きなクラスタの求心力では金が動かず、小さなクラスタの求心力のほうが、より多くの支出を生み出すようになった。この80年代以降の意識変化が、ロングテールを活性化した要因だ。

実は、カタカナ「オタク」アイテムは、個々の商品毎に見てゆく分には、決して大きな市場ではない。たとえば、一つ一つの食玩の売上は、それ程大きいものではない。逆に大きくないからこそ、強力な求心力を持っている。これが積み重なることで、食玩というジャンル自体の売上は、お菓子類としてみても、玩具としてみても、侮れない大きさになっている。同じ技が通じるマーケット全体は、相当に大きいのだ。これが、カタカナ「オタク」マーケットの特徴である。

さて、食玩には「原型師」が必要なように、「オタク」マーケティングが成り立つためには、そのタネを生み出す「おたく」が不可欠である。そして、それはとりもなおさず、「オタク」マーケットの構成要素のひとつとして、「おたく」が取り込まれてしまったことを意味する。たとえばインターネットの利用を見ると、40代の突出が目に付く。これは、カタカナ「オタク」の時代になっても、ひらがな「おたく」たちの片鱗が残っている証である。

世間より自分に忠実に生きる、新人類に代表される昭和30年代生まれという「世代効果」。安定成長の中で、円高からバブルへと消費が経済を牽引するようになった、1980年代という「時代効果」。その世代がその時代、ハイティーンから若手社会人という、トレンドを作り出す「ヤング」だった「年代効果」。マーケティングでいう、3つの効果が見事にシンクロしたところに生まれた徒花こそ、ひらがな「おたく」だった。そしてこれこそが、「中身が空っぽ」と評されがちな、1980年代文化の本質ということができるだろう。



(09/02/27)

(c)2009 FUJII Yoshihiko


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