無欲の世紀





欲望と満足、それはどちらも極めたことがない人にとっては、タマゴとニワトリのように、どちらが原因とも結果ともつかない、循環論法のように思えるだろう。しかし、広い世の中、長い歴史を見ると、欲望を極めたヒトはいないが、満足を極めたヒトは存在するコトに気付く。これからもわかるように、欲望にはキリがなく、ひとたびそこに陥れば、どこまで行っても満足できないという、無間地獄があるのみである。一方、満足とは自分が「する」ものなのだ。

すなわち、欲望を持つ限り、満足はありえない。欲望は、青天井である。どこまで行っても、上には上がある。突き詰めようと思っても、突き詰めることはできない。そして、一旦欲望ゲームをはじめてしまった以上、もう後戻りは出来ず、常に右肩上がりを続けなくてはならない。そしてこのゲームの終わりは、自分が死んでしまうことによる、タイムオーバーしかない。しかし、その最後の瞬間でも、まだ満たされない欲望の泥沼の中にいるのだ。

ここから脱する方法は一つしかない。それは、現状に満足することだ。現状に満足してしまえば、欲望は消滅する。足るを知るコトによってしか、満足は生まれない。しかし、近代社会においては、欲望こそが全てのエネルギーの源とされ、成長こそが善とされてきた。だが、近代の歴史こそが、成長主義の間違いを如実に示している。満足を否定し、欲望を追及するモチベーションは、バブルを必然的に生み出す。そして、「みんなが豊かになる」というお題目も、まやかしであることに気付きだした。

また欲望は、大いなる無駄を生み出す。欲望は、エコロジカルでないし、サステイナブルでない。現状に満足しさえすれば、無駄な資源もエネルギーも使わないし、無意味に環境を破壊することもない。この面でも、昨今、近代社会の負の面がクローズアップされている。しかし、21世紀型ライフスタイルへの移行に抵抗感があるのは、まだ、欲望社会から解脱できていない証拠である。これも、現状を受け入れ、それに満足することを知れば、容易に実現できる。

この問題は、成金と資産家の間に横たわる「壁」を理解するのにも役立つ。経済誌等の特集を見る限り、富裕層といったとき、多くの人が想起するのは、多額の所得があり、その多くを消費に廻している層である、しかし、そういう行動をとるのは「成金」だ。本当の資産家は、みんなが思うほど多額の消費をしたり、過度に華美な生活をして散財したりしない。本当の資産家は、過度な消費をしない。身の丈に合わせた、つつましい生活をしている。

「成金」は、もともと資産も何もないヒトが、多大な所得が得ることで生まれる現象である。もともと「ない」のだから、得たものは全部使ってしまう。これが、極めて高い消費性向を生み出す。一方、先祖代々の資産を守ることが、資産家の役目なのだ。資産を切り崩すことは許されないだけでなく、それを増やすことが求められている。このためには、自制心の効いた生活を送ることが求められる。まさに、「足るを知る」ことこそが、資産家の資産家たる由縁である。

日本においては、いつも述べているように、資産家でありつつ、自身は給与生活者という「第二種兼業資産家」が非常に多い。このため、生活費のほとんどは、給与所得でまかなわれる。それでも、「足るを知る」精神がにじみ出て、同僚たちより質素な生活をしているコトも多い。もちろん、給与のほかに資産からの収入もあるなど、一般の生活者よりキャッシュフローは潤沢なため、趣味の世界など、それなりに金をかけられることも確かだ。だが、消費行動からだけで、資産家かどうかを判断することは難しい。

彼ら資産家は、「満足すること」の大事さを刷り込まれて育っている。欲望のまま生きてしまったのでは、大事な先祖伝来の財産を食いつぶしてしまうからだ。こういう精神教育が、心のゆとりや、人間の器にも影響していることは言うまでもない。「金持ち喧嘩せず」と言われるが、本当に、心が広く温厚なヒトも多い。まさに、満足が満足を生み、幸せが幸せを生むグッドサイクルができあがっているのだ。この満足感は、資産があるからではない。満足することを教育され、血肉となったからこそ生まれたものなのだ。

21世紀的な生きかたは、決して難しいことではない。自分の現状をあるがまま受け入れ、それに満足すること。それぞれがおかれている「現状」は、人によって異なるだろう。良いコトもあるだろうし、悪いコトもあるだろう。しかし、その全てを、自分の業として認めることが大事なのだ。それさえできれば、欲望は消滅し、満足という、今まで夢見ても得られなかったような幸せが、自らのものとなる。近代の歴史とは、強欲な人類に、その「性」を悟らせるための、遠大な社会実験だったといえるだろう。



(09/03/06)

(c)2009 FUJII Yoshihiko


「Essay & Diary」にもどる


「Contents Index」にもどる


はじめにもどる