21世紀の組織論





高度な情報化により「知識」に価値がなくなる一方、今までにない付加価値を生み出すアイディアが、全ての生産活動の原点となる21世紀社会。そこでは、知恵やアイディアの源泉としての「個」を原点とした、今までとは違うあたらしい社会構造や生産スタイルが求められるようになる。それとともに、組織やチームの意味も、大きく変わる。今までの組織は、あくまでも20世紀的な、産業社会的価値観に基づくものだったからだ。

知恵やアイディアを生み出す上では、20世紀的なチームや組織はプラスにはならない。アイディアを生み出せる人間を10人集めたとしても、今までの組織論に基づくマネジメントでは、単に個人の知恵を足し合わせた以上のものは生み出せない。10人いれば10人分で10倍。そこからシナジーは生まれない。組織の中にいるから、より効率的にアイディアが生まれるということは、現状では期待できない。

これは、知的労働に携わっている組織を分析すればすぐわかる。たとえば、経営戦略コンサルタントである。戦略コンサルでも、個人コンサルはさておき、大組織で対応しているところは、知恵を出す作業は苦手、というかやっても儲からない。提案できる内容は、個人コンサルと同じになってしまう。それでは、組織全体を喰わせる稼ぎにはならない。けっきょく個人作業の積み重ねになってしまうので、スケールメリットが出てこず、組織でやる意味がないのだ。

コンサルティング・ファームでは、知的生産ではあるものの、知的労働集約作業が一番得意だし、ビジネス的にもおいしいことになる。それは、形式知化したナレッジで対応可能であり、専門性が高く、一般企業がコアコンピタンスとして持つにはコストがかかりすぎるモノ。財務分析とか、M&A時のデューデリとかが代表的だろう。専門的ノウハウが必要であると同時に、こなすには極めて手数がかかり、短時間でこなすには多くのスタッフを投入しなくてはならない領域である。

BtoBの証券会社や投資銀行などのように、そのニーズが常にある企業なら、専門スタッフを抱えられるし、そのほうが提供するサービスの差別化にも繋がる。こういう業種では、内製化する意味があるだろう。だが製造業などでは、本社部門のコストを最小限にとどめ、「小さな政府」を実現しないと、利益が出ない時代である。まさに「選択と集中」。コアコンピタンスとして、内製化して抱える領域は、最小限にとどめ最適化を図らなくては、生きてゆけない。

そのためには、コストと手間のかかる専門職種に対しては、プロフェッショナル・アウトソーシングを図ることが望ましい。蛇の道は蛇である。高度な熟練を持った専門家を、必要なときだけ利用できれば、単価はそれなりに高くても、内部スタッフとして抱えるよりは、コストがかからない。コンサルティング・ファームは、20世紀的な、スケールメリットを前提とする組織構造と、知的労働とでシナジーが生まれる微妙なポイントをついた形態だ。

同様の事例は、大型のロー・ファームやアカウンティング・ファームでもみられる。企業法務でも、企業間の契約交渉など、知的な駆け引きが必要な場面に登場する弁護士は、けっきょく一対一の勝負である。準備作業とかでは組織力が求められることもあるが、決め手になるのは、個人の力量である。この面では、並みの弁護士を数だけ揃えた大型弁護士事務所は、天才的な交渉力を持つ弁護士の個人事務所に負けてしまう。

組織が生きるのは、定型化した処理で数がこなせる場合だ。その典型例は、債務整理や過払い利息の返還などである。これらの対応は、マニュアル化・システム化が可能であり、スループットが大きくなればなるほど、効率がよくなる。定型化・形式知化に必要なコストが一定である以上、スケールが大きくなればなるほど、分母が大きくなり、一件当りのコストは安くなる。

まさに、知的労働集約作業の典型だ。したがって、この面では「数は力なり」という、20世紀産業社会的な規範がモノを言う。昨今、この領域を専門にする法律事務所が、テレビや新聞、OOHなどのマス広告キャンペーンを張っているのをよく見かける。それこそまさに、この分野が、マスのメリットを享受できる、産業社会的効率論の成り立つ世界であることを如実に示している。

だが、これからの組織は、これでは意味がない。情報化の進展により、いままで組織で行なってきた知的生産は、実際に人を集めなくても、コンピュータ・システムだけで処理できたり、ネットワークで結ばれたヴァーチャルな「組織」で対応できたりしてしまう。知恵やアイディアを出せる人間は、その範囲においては、組織内部にいなくても同等の作業ができてしまう。これでは、企業や組織として運営する意味がない。

しかし、21世紀において、チーム編成が意味を持たなくなるわけではない。20世紀的な組織が、チームワークを重視する「秀才型」の組織ならば、21世紀的な組織は、類まれな才能がぶつかり合う中から新たな創造を生み出す「天才型」の組織である。ジョン・レノンもポール・マッカートニーも、天才的なアーティストだが、彼らが「ビートルズ」という組織の中でぶつかり、協力し、刺激しあったからこそ、1+1以上の歴史的シナジーが生まれた。

20世紀の組織は、頭数だけ揃えて足し算で厚みを出す、「日本のクラシック・オーケストラ」型の組織であった。官庁がそうであるように、役職と機能があれば、必ずしも個性は必要なかった。けれど、時代は変わった。そのような組織では対応できないのが、21世紀の課題である。今後必要とされるのは、天才的な個性がシナジーを生み出す、「ビートルズ」型のチームである。「ビートルズ」が実在したように、こういうチームをマネジメントするノウハウは、すでに存在する。課題は、それをビジネス界にどう取り入れるかにかかっているのだ。


(09/10/09)

(c)2009 FUJII Yoshihiko


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